いい陽気になってきた。
肌を撫でる風が優しくなって、黒い木々の枝には淡い緑の芽が吹いてくる。地面から上って揺れる湯気に、小鳥たちの甘い鳴き声。なんだか気持ちがよくて、特に疲れてるわけでもないのに、目を閉じたらそのまま眠ってしまいそうだ。
閉じたまぶたにぽかぽかと温かい日差しを感じる。
・・・でもまだ水に入るにはどう考えたって早すぎる、今日このごろ。
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ザバッとそれぞれ音を立てて、サスケとナルトが水から上がってきた。2人とも頭からずぶぬれで、髪からも指先からもバタバタと水がたれる。
いくら晴れているとはいえ、その姿を見ているだけで寒くなりそうだ。
「おつかれさま〜v」
バスタオルを広げたサクラが、少し早く近づいてくるサスケにかけよろうとする。だが、サクラが待ち構えているのを見つけたナルトが、サスケを追い越してサクラのバスタオルの中に飛び込んだ。
「センキュー!!サクラちゃん!!」
「えっ!?あ!」
サクラがナルトに気をとられている間に、サスケはサクラの腕にかかっていたもう1枚のバスタオルを取り、そのまま、木の下でいかにものんびりといった風情で読書をするカカシの方に歩いていった。
ナルトは寒さに震えながら、サクラが用意したタオルで顔をぬぐっている。
「あ〜・・・」
サクラはなんとなく諦めのつかない様子でサスケを見送ると、つかんだままでいたバスタオルをナルトの頭に乱暴にかぶせた。
あーもう!!バカナルト!!
怒りのこもった手ががしがしと、それでも水滴が自分の方に飛ぶことには構わずに、ナルトの少しくすんだ黄色い髪を拭く。
「イテテ・・・、サクラちゃん、もうちょっとやさしく・・・」
「うるさいっ!!」
サスケはその騒ぎにちらっと振り返ってから、片手で頭を拭きながらもう片方の手の中にあるものを見た。厳重にふたをされた赤ん坊の頭くらいの大きさの小さな壷。今しがたまでサスケとナルトが潜っていた池で落としたから探してほしい、と依頼があったのだ。
――どう考えても、不自然だ。
どうしたらそんなところでこんな壷を落とすようなことになるのか、厳重にふたをされているのはいいとして、どうしてお札のようなものが貼られているのか、・・・だいたい何が入っているのか。
いろいろと気になることはあったがとりあえず疑問は押し込め、サスケはその依頼のものをカカシに手渡す。ぱたぱたと水がしたたるそれを手袋がぬれないように指先だけを使って受け取ると、カカシは壷を眺めまわした。
「なんかやな重さだな〜」
独り言ではなかったのだが、サスケは何も答えない。自分に向けられけた言葉だとは少しも考えていない顔で、カカシの手の中にある怪しい壷を見下ろしている。
カカシももともと答えが返ってくることを期待していたわけではなかったので、サスケの方を窺ったりはしなかった。そのまま壷をひと通り眺めると、目元を笑いの形に変えながらサスケに向かって頷く。
「どうやらこれで当たりだな」
今度はサスケも、少し不機嫌よりのいつもの表情で、頷いた。
(もっと嬉しそうな顔できないもんかね〜)
サスケはがしがしと頭を拭きながら、自分のバッグをひっかけておいた枝の前に立った。そしてバッグの中から服を引っ張り出したところで動作を止めた。何かと思って見ていると、嫌そうな顔でちらりとこちらを向く。
(?)
しばらくの間があって、見られているのが嫌なのかとカカシが気づいたときには、サスケは木の陰に隠れて見えなくなっていた。別にサスケの着替えを見ようとしてたわけじゃないのに。・・・やらしい目つきをしているようにでも見えたのだろうか。微妙に傷ついた気分で頭をぽりぽりとかく。年頃のオトコノコは難しい。
木の陰に入ると、サスケはぶるっと体を震わせた。ぬれた肌はほんの少し空気が動いただけでも大げさに冷たさを感じとる。カカシもナルトとサクラも見えないことをいちおう確認して、バッグと服を地面に投げた。
サスケは体を拭くのもそこそこにさっさと着替えを済ませると、地面にしゃがんで脛当てをつけはじめた。
水の中から上がってきたせいか、指先が冷たくてあまりうまく動かない。
皮膚の神経も麻痺しているのか、乾いてからは風が吹いても暖かいとも冷たいとも感じず、ただ肌を撫でられている感覚に鳥肌が立つ。服はなぜかほんわりと温かい。
風がまた吹く。
木の枝がさわさわと音を立てる。・・・どこか近くで鳥の声がしている。
サスケは手を止めないで、それに耳を澄ました。地面にちらちらと枝の影が映る。脳までが麻痺したのか、ぼんやりした気分になって、自分がどこにいるのか一瞬忘れそうになった。
ふと、ずっと耳には届いていたはずだが、ナルトとサクラの声も聞こえてくることに気づく。
――今日は任務で、今は午後を少しまわったところで、ここは里から2時間くらい離れた山の中だ。水から上がってまだ10分も経っていない。それからカカシに壷を渡して、ここに来て、着替えた。それだけだ。まだ靴も履いていない。
ぼーっとしていたのはそれこそ1分にも満たない時間だったのに、なんだか何時間もそうしていたような錯覚を起こした。
温められた土と草の匂いに、また少しぼーっとする。
(おや)
なんだか静かなのが気になって、どこまで行ったのかとサスケが見えなくなった木を覗いてみると、予想に反してその木の根元にいた。まだぬれた髪が、力なく重力に従っている。
サスケはもう片方の足の脛当てをつけはじめたところだった。
脇に放り出してあったタオルを拾い上げる気配にサスケが顔を上げようとすると、それが頭にバサッとかぶせられた。
それまで気配を感じていなかったため、反応が少し遅れる。頭にかぶせられたタオルをどけようと手を止める前に、いつの間にか前にしゃがんだカカシがタオルにのせた手を動かす。
サスケの狭められた視界に入るのは、大きさの違うお互いの足。
「・・・自分でやる」
そうは言ったものの、サスケは抵抗らしい抵抗は見せず、カカシが頭を拭くのにまかせている。両手がふさがっていたせいもあるかもしれない。さっきは一瞬手を止めかけたが、結局黙々と作業を続けている。もし立っていればするりと離れて行ってしまったに違いない。
もっと抵抗されるかと思ったので拍子抜けしたが、こうしておとなしくしているとやっぱりちょっと可愛い。手の中の頭は小さくて、自然と手つきが優しくなる。
(可愛いなあ)
サスケの頭が自分の手の動きに合わせてゆらゆら動いたり逆らったりする感触が楽しくて、思わず顔が笑う。ちょっと硬めの髪の感触も楽しい。わざと力を込めて拭くと、ぐっと頭の抵抗も増した。首に力が入っている。手は止めていないところを見ると、無意識のうちにそうなるのだろうか。
――おもしろい。
それがサスケだと思うとなおさらおかしくて、なんだか笑い出してしまいそうだ。
脛当てをつけ終わったサスケが、サンダルに手を伸ばす。また力を込めて頭を押さえるようにすると、またぐぐっと手応えがあった。これは相当力を使っているはずなのに、サスケは何も言わない。これでも気づかないのだろうか。わざとやられてるとは思わないのだろうか。いつもは何かにつけて不機嫌そうなくせに、こんなに暢気でいいものなのか。
(・・・おもしろすぎる)
サンダルをつかんだ後サスケの頭がちゃんと元の位置に戻って、カカシはこらえきれずにマスクの下で笑う。声を出さずに肩を震わせて笑っていると、タオルの下からサスケが言った。
「人の頭で遊んでんなよ」
「・・・・・・・・・・わかった?」
だったら何か言えばいいのに。
どう考えても履きにくかったはずなのに何も言わないサスケの鷹揚さが、おかしさにますます拍車をかける。
(もしかしてけっこうお人好し?)
その言葉とサスケのイメージとのギャップと、タオルの下からわずかに見上げてくるサスケの嫌そうな顔に、カカシは今度は吹き出してしまった。
(・・・春だしな)
どうしてカカシが笑うのかは分からなかったが、この陽気なら仕方ないと思う。上忍のカカシでも、自分と同じように春に何かを感じることがあるのだ。
風が吹いて、春の匂いがふわんと鼻をくすぐる。
今日が暖かい日で、よかった。
+++
「そういえば、サスケの髪はいい匂いがするな〜」
「・・・」
帰り道。
カカシがふと口にした言葉を聞いて、サスケが思いっきり疲れたような顔をした。サスケの髪には変なクセがついて、あちこち好き勝手な方を向いている。
それを見て、カカシはまた笑った。
めったに聞かないカカシの全開の笑い声に、ナルトがつられて笑い、サクラはサスケに季節の変わり目に増える変態の話をはじめた。サスケはふと壷の呪いじゃないかと思ったが、わざわざ口を開く気にもならなかった。
END