my sweet honey !!









日差しの暖かい、うららかな午後。

ピチュピチュとかしましい小鳥の鳴き声のような、少女たちの絶え間ない声が遠くから聞こえてくる。それを聞くでもなく聞きながら、今まで読んでいた本をアイマスク代わりに顔の上に乗せる。足は枯草に覆われた柔らかい土の上に投げ出して、手はさんざん迷った末に腹の上で軽く組んだ。

こんな天気のいい日に、冬の柔らかい日差しを楽しみながら、ただ惰眠をむさぼる。
ちょっと今、これ以上に平和な休日の過ごし方はわからないなあ、とひとりマスクの下で笑って、ほっと息を吐いた。

頭を預けた木の上の方からは、本物の鳥の鳴き声が聞こえている。

――オレの上にはフンをしないでよ。
どこにフンをしようが、鳥にとってはどうでもいいに違いない。まあ伝わるわけないだろうなと思いながら、カカシはとろとろとまどろみはじめた。



+++



「サスケくぅーん、待ってー!!」

追ってくる少女たちから逃げながら、サスケは舌打ちをする。

――何だってあんなにしつこいんだ。

逃げつづけているうちに、里から離れてとうとう山の中にまで入り込んでしまった。そのうち諦めるだろうと思ってからもう30分以上は経っている。その間ずっと走ったり隠れたりしながら追っ手を撒こうと試みたが、それらはことごとく失敗していた。その理由として、もっと本気で逃げようと思えば逃げられたかもしれないが、自分より弱いもの相手にムキになるのもちょっと情けないと迷っていたということがある。
しかし、逃げ切れないのはそんなこと以上に、少女たちの執念の方が勝っているとしか思えなかった。
いったいどこにそんな力を隠していたのか、同じ班のサクラなどは、普段の少なくとも倍は動きがいい。しかも、ここぞとばかりに女の連帯感を見せて、声を掛け合わずとも――というか、言い合いをしているが――お互いをうまくカバーしあっている。一人一人なら簡単に撒けたに違いないのに、共通の目的に燃えた彼女たちは妙に手ごわかった。

その彼女たちの目的とは・・・、それぞれ大事そうに抱えたチョコレートを自分に食べさせること。

アカデミーにいたころは、毎年一回、いつの間にか荷物や机の中がきらびやかな紙に包まれたそれでいっぱいになっていたが、卒業した今年は少し勝手が違うようだ。
きゃあきゃあと騒ぎながらついてくる女の子たちの中には知らない顔も混じっている。最初は確かサクラひとりだったのが、甘いものは苦手だからと断り続けているうちに、一人増え、二人増え・・・、いつの間にか知らない顔も含めると10数人のちょっとした集団になっていた。

・・・この騒ぎはいったいなんなんだ。

埒があかない。このままだと振り切るのはたぶん無理だ。
そう思ったサスケは、忍術で彼女たちをやりすごしてから見つからないようにそっと家に戻ろうと決めた。こんなことで術を使いたくはなかったがしかたない。少し苦々しい思いで、走りながら印を組む。ざあっと音を立てて集まってきた木の葉が追ってきた少女たちの目をくらましている間に、できるだけそこから遠ざかろうとまた走った。・・・今までよりもちょっと本気で。



「!」

ふに!

木の下を移動している途中、何か柔らかいものを踏んづけたと思ったら、それは人間だった。

「わりぃ!」
小声ですばやく謝ると、立ち止まって振り返る。服装から見て、相手はどうやら中忍か上忍らしかった。
こんなとこで寝てんなよ・・・。まあそれはいいとして――、・・・よけろよ。
一瞬自分が悪いのだということを忘れながら、大丈夫か訊ねようとしてサスケは身をかがめた。腹をさすりながらのっそりと上半身を起こした人物の顔から、オレンジ色の本がずり落ちる。それを見てはっと思い浮かべた顔と、本の下から出てきた顔は一緒だった。顔を半分以上隠した、うさんくさい、銀髪の上忍。ほとんど毎日顔を合わせているというのに、こんなところでも会うとは・・・。嫌なわけではなかったが、いったいどんな顔をすればいいのかわからなかった。
カカシは何が起こったのかわからないのか、そうでなくても眠そうな目をぱちぱちとしばたたかせている。

「・・・あれ?サス」

カカシが何かを言いかけたのを、口をふさいでさえぎった。
まだ諦めきれないのか、自分を探すサクラやいのたちの、言い合いをしているような騒がしい声が近づいてきた。



+++



口をふさいだ手はそのままに、サスケは声の近づいてくる方向をちらっと見た。こちらを振り返るともう片方の手の人差し指を唇に当てる。黙っていろと、そういうことだろう。カカシは、また用心深そうに声のしてくるほうを向いたサスケを見て、どうやら追われているようだと判断した。
あれ、追っ手たちの声にはサクラの声が混じっているような気がするけど・・・。
サスケと同じ方向を見てみると、木々の陰から何人かの女の子たちが15mほど離れたところを通り過ぎていくのが見えた。桃色の髪をした女の子もその中にやっぱりいた。

「ほらー、あんたのせいでサスケくん逃げちゃったじゃなーい」
「なによ、私の邪魔をしたのはあんたじゃない!このぉ、いのブタ!」
「あーあ、せっかく作ったのにー、このチョコ、無駄になったらどうしてくれるわけー?」
「サスケくんが受け取るわけないでしょ!そんな毒入り!」
「毒じゃないわよー。サクラだってー、惚れ薬なんか仕込んでるらしいじゃないのー。コソクー」
「あんただって同じだっつーの!!」

きゃあきゃあと騒がしい中から途切れ途切れに聞こえてくる会話に、元気だね〜と心の中で笑う。
「いのブタ」ねー、確かアスマのところのちょっときれいな子だったよな。はは。サクラと仲が良かったのか。うーん、女の子がそろうと賑やかなものだね。
追われているサスケには申し訳ないけれど、なんだか微笑ましい。

その声と姿が木立の中に消えていくのを見送ってから、目線をサスケに戻す。サスケは憮然とした、というより呆然とした表情をしてこちらを見上げてきた。真っ黒な目と目が合ったところで口元を押さえられたままだったことに気がついて、その手首をつかんではずす。意外と簡単に離れたことに少しだけ驚いていると、手首をつかませたままサスケが呟いた。
「なんだよ、あれ・・・」

「なんだよ」って、なんだろう。サクラがあんなに元気がよかったのに驚いてるのかな。・・・なんて。まあ、違うだろう。
それはわかりつつ、「今日何の日か知らない?」などと言ってみた。たぶんこれも、違う。

案の定、サスケはこの少しはずした答えをそのまま受け止め、「今日が何の日かくらい知ってる」とぼそっと言った。

――知ってるってこと、オレも知ってる。

まあ、「惚れ薬」を仕込んでるなんて聞いたら、やっぱりぎょっとするだろう。その気持ちはわかる。それでも、なんでか――昼寝を邪魔されたことで意地悪な気持ちになったのか、わざとちょっとずれた会話をしたくなる。

「サスケくんもてるねえ、なんで受け取らないの?」
などと、まあサスケだから受け取らないのも考えられるけどと思いながら、なんの気なしにそんなことを言ってみた。
サスケのために、女の子たちが一生懸命チョコレートを用意する。自分のほうを見て欲しいと、こっそりおまじないをかけたりもする。・・・惚れ薬なんて、そんなのはかわいいおまじないと同じだ。恋する少女たちが寄せてくるいじらしい思いを知っているのか知らないのか、サスケはそれに見向きもしない。迷惑とすら思っているのかもしれない。・・・なんという傲慢。
・・・それも、もろもろの事柄と同じく、時間の無駄だと思っているのだろうか。たったひとつの目的以外はサスケの心に入りこむ余地はないのだろうか。

・・・なんだろう、妙な気持ちが胸の中で暗い熱をもっている。

昼寝を邪魔されたくらいで、バカか、オレは・・・。



「・・・甘いものは苦手なんだよ」

眉を寄せてじっとこちらを見ていたサスケが、ふっと顔をそらしてふてくされたように言った。

一瞬何のことかわからなくて何のことだと聞き返しそうになったが、すぐにさっき自分で訊ねておいた質問の答えだと思い出した。
甘いものが苦手だって・・・、直球だなあ。というより、律儀だ・・・。
いいかげんな話だが、聞いておいて、それについて答えが返ってくるとは思っていなかった。
・・・なんだか少し感動してしまった。
わざと論点をずらしたのはこっちなのに、ちゃんと答えてくれるんだ。答える必要なんかなかったし、期待してもいなかったのに。そうか、女の子たちのプレゼントを受け取らないのは甘いものが苦手なせいなんだ、相変わらず嫌いなもの多いよ。まあ、甘いものをもらって喜んで食べてるサスケなんて、想像できないし。
そう思いながら、ついでにサスケが嬉しげにチョコレートを受け取っている場面を想像してみようとしてみた。でも、それもやっぱり、出来なかった。
なんだかおかしくなってぷっと小さく吹き出すと、それをどう解釈したのか、サスケが顔を赤くした。

「んなこと、どうだっていいだろ!それより」

「サスケ」

「・・・なんだよ!」

そんなふうに大きな声を出したら見つかっちゃうよ、そう言おうとして、カカシはすでに手遅れなことに気がついた。
まだ諦めていなかったのか、こっちからサスケくんの声がした!と去ったはずの少女たちのきゃあきゃあいう声が聞こえてくる。そして、その騒ぎは確実にこちらに近づいてきているようだ。
それを察したサスケの表情が一瞬固まって、すぐにもとの顔に戻るとのろりと立ち上がった。また彼女たちから逃げるのだろう。彼女たちが持っているのは、ただ甘いというだけでなく、今は惚れ薬入りというアヤシゲな響きまでくっついたチョコレートだった。サスケは枯葉を払いながらぎろりとこちらを睨みつける。

「あんたのせいだからな!」

そんなことを言い捨てて、サスケは真っ赤な顔のまま猛然と走り去ってしまった。



+++



またしても山道を駆けながら、サスケはちっと舌打ちをした。予定通りにいけば逃げ切れたはずが、また追われるはめになってしまった。

あいつのせいだ。

自分の都合もかまわずにチョコレートを渡そうとしつこく追ってくるサクラたちのことよりも、今ちょっと話をしただけのカカシのほうがなぜか腹立たしかった。しかし、大声を出して居場所を知らせるようなことをしたのは自分だった。そして、よく考えてみると眠っていたカカシを走っている途中で踏みつけたりして、カカシが腹を立てられる筋合いはまったくなかった。しかも謝っていない。今ごろカカシは怒っているかもしれない。それはどうでもいいとして、なんとなく借りを作ってしまったようで嫌だった。今度会ったら謝らなくては。そう思って、また少しむっと顔をゆがめる。
いや、自分の方は腹が立つというよりは・・・、なんだろう、胸のあたりがむずむずと落ち着かない。大声を出せばもしかしたらすっきりするような気もしたが、人目もあることなので我慢することにした。代わりにまた舌打ちをする。

その音に重なるようにして、ふいに、自分が掠めた以外の枝ががさりと鳴ったような気がして、そちらを向いた。

「カカシ!」

いつからそうしていたのか、カカシが斜めうしろをひょいひょいと緊張感のない感じでついてきていた。

「あの人数に踏まれたらさすがに痛いかなと思ってさ〜」

だからって自分と同じ方向に走ってくることはなかった。カカシが追われているわけじゃないのだから、彼女たちにちょっと道をゆずれば済んだことなのに。
こちらに一緒に走ってくるということはカカシにとって余計なことであったばかりでなく、サスケにとっても余計なことだった。自分よりも体の大きいカカシがついてきたおかげで、それが目印になり、見失いにくくなって追っている方の都合がよくなったようなものだ。

「ついてくんな!」

謝らなくてはと思ったことをすっかり頭の隅に追いやったサスケが、今度はカカシにだけ聞こえるように、低く怒鳴った。カカシはそれにはいっこう構わない様子で、どこかおもしろそうについてくる。

「こんな休みもたまにはいいかもね」

・・・頭が痛くなる、ような気がする。
こんなふうに意味もなく逃げつづけるだけの休日の、どこがいいと思えるのか。それはまったく謎だった。天気がいいからと外で思いきり試してみようと思った術のことを思って、知らずため息が出る。これなら任務があったほうがまだましだった。
そしてこんな状況では、「どこがいいのか」と言い返して、カカシとあるべき休日の過ごし方について話し合う気分にもなれなかった。

バレンタインデー。

またひとつ嫌いなものが増えた、と思いながら、後ろの上忍のこともそのまた後ろの少女たちのことも彼女たちが持っている怪しいプレゼントのことも全部まとめて頭の隅に追いやって、サスケは効率よく走ることだけに集中することにした。

 

 

 

END

2000/02/13
ブラン*

セント・バーレンタインズ・デイ!ということで、やってしまいました、季節限定なイベント話です。でも例によってカカサスじゃないっぽい感じで・・・。もうちょっとそれらしい話になるはずだったのですが、書いているうちに全然違う話になりました・・・。さらに恥ずかしいことに少し前に戯れで描いた駄絵が元になっています。
>>>ついでだから見てみる
それにしても、木の葉の里の季節って、どうなっているんでしょう。

 

 

>>>BACK