とんとんと扉をたたく音に、面倒くさいと感じながら玄関に向かう。
いかにも面倒くさそうな声で誰何すると、「オレ〜」といささか間延びしたような声が返ってきた。
「何の用だ」
「別に何の用ってわけじゃないんだけど」
そんなやりとりを交わしながら、ドアを開ける。
この前、カカシが家に来たときには、家の中に入れなくて失敗した。玄関先でそのまま追い返そうと思ったら、別のどこかから勝手に家の中に入ってきてしまったのだ。そしてその後、家から追い出すのにも苦労したのだった。
『家に入れてくれなかった、冷たい・・・』とか何とか言って、大人のクセにうっとおしく拗ねやがって・・・。
いかにも渋々といった手つきでドアを開けると、カカシが片目だけにっこりと笑って立っていた。
「寄ってってもいい?」
断っても寄っていくつもりなのに、一応聞いてみる。
断ったらまたどこかから侵入するつもりなんだろう、と口の中で呟いていてから、体を脇によけて人ひとり分の通り道を開ける。
すれ違いざまに、「はい」と何かを手のひらに乗せられた。
カカシが勝手知ったるという感じで部屋に入っていくのをちらりと見てから、その手のひらの中の物体を見つめる。手の中にころんとした姿でちょこんとおさまっている淡い緑。これ、知ってる・・・。
どこで見たんだっけ、と手の中に視線を落としたまま部屋に入る。
カカシがすでに腰掛けているテーブルの上にそれをそっと置くと、お茶を入れるためにいったん部屋を出た。
ホオズキに似てるけど、それよりももっとやわらかい感じのする植物だ。
考えながら、いくつか種類のある葉の中から少しクセのあるお茶葉を選んで淹れる。勝手に来たとはいえカカシをいちおう客としてもてなすために、カカシの好きそうなものを選んだ。
部屋に戻るとカカシはその若草色の小さな物体を、手のひらの上でころころと揺すっていた。
テーブルに2つのカップを置き、カカシの座っている向かいに椅子に腰掛けて、サスケがカカシに手を伸ばす。カカシは、ん?と伸ばされてきたサスケの手のひらを一瞬見つめてから、「ああ」と軽く洩らしてそれをサスケの手に乗せた。
なんだったっけ、これ・・・。
その小さな植物を手のひらに大事そうに乗せて、もう片方の手の指先でそっとつまんで横向きにしたりひっくり返したりする。
サスケのそんな姿を見て、思いのほかこのお土産が歓迎されてるらしいことをうれしく思いながらカカシが言う。
「すぐそこの家からちょっと拝借してきたんだよ」
拝借・・・、ようするに盗んできたのか。と思考は一瞬カカシを呆れる方に向かったが、またすぐに手のひらに戻る。
・・・ああ、あの家だ・・・。カカシの言葉で、近所にある家の玄関先の垣根に絡ませてある植物に、これがたくさんついていたのを思い出した。近所は近所だが、いつも通る方向とは逆の方向にあるためにあまりその家の前を通ることはない。それでも何度か通りかかった記憶の中には、確かにこのような丸いものがあった。そういわれてみると、なんでカカシはその家の前を通ったのだろうか。帰り道にこの家を通り過ぎてから、そのうちの前でこれを取って、またこちらに戻ってきたのだろうか。
「それ、なんて言うか知ってる?」
カカシのことを考えている最中に声をかけられて、すこし心臓が跳ねる。慌てて思考をまた手の中の淡い緑のころころしたものに戻す。名前・・・、知ってるような気がするけれど、・・・出てこない。
「・・・知らん」
その答えにカカシはにっこりと片目だけ笑うと、ゆっくりと続けた。
「フウセンカズラ、って言うんだよ」
――― フウセンカズラ ―――
その言葉に懐かしい光景が重なった。母が庭の草木に水をあげていた、あれは確か夏・・・?
『フウセンカズラっていうの』優しく響く母の声。そう言ってひとつ、自分に取ってくれたのだ。『風船みたいでしょ』と笑って・・・。
「フウセンカズラ・・・」
声に出して言ってみると、そのころの記憶がもっと蘇ってくるような感じがする。中に何が入っているのかと聞いたら、母は『何かしら』と言って考え込んでいた。『何が入っているのか、考えたこと、なかったわ』そう言って自分の頭を撫でて、『何かしらね』とうれしそうに今よりももっと小さかった手に握られているそれをじっと見つめて・・・。あのあと、結局中身が何だったか確かめたんだったっけ・・・?
ふうわりと穏やかな表情で手の中を見つめているサスケの顔を見て、つられてカカシの表情も自然と柔らかいものになる。そしてテーブルに肘をつき少し身をのりだすようにして、サスケの手の中を覗きこむ。サスケがこの小さな丸い存在に何を見ているのかわからないけれど、少しでも思いを共有できるように。
額をつき合わせるようにして、2人はしばらくサスケの手のひらに乗っているフウセンカズラを見つめていたが、ふいにカカシが吹き出すことで静かな時間は終わった。
「・・・ぷっ」
「・・・なんだよ」
別に自分が笑われてると決まったわけではないが、むっとした声を出してカカシの顔を睨む。思いのほか近くでカカシの声が聞こえたことと、顔を上げたときに間近にカカシの顔があったことで、実は少しびっくりしたのだけれど。
カカシはサスケの不機嫌な声を意に介したふうはなく、くっくっと低く笑いながらまたサスケの手の中に視線を落とした。
「・・・これさ、赤ちゃんの顔に見えない?」
しもぶくれで、目がこう吊り上ってて、む〜って口を尖らせてて・・・。笑いながらカカシが今言ったような表情を作ってみせる。マスクと額当てで顔のほとんどが隠れているから、それがちゃんと表現されているのかはわかりにくかったが、その顔を見てからもう一度手の中の淡い緑を見ると、確かにそう見えないこともなかった。思わず、くす、と笑いが洩れる。
「・・・ほんとだ」
そっと親指と人差し指でつまんで、目の前に持ってくる。
「赤ちゃんのわりには、ずいぶんヘンな髪形してるな・・・」
「そう、モヒカンなの」
そう言ってカカシはまた笑う。ほんとだ、そう言われてみると、確かに赤ちゃんみたいだ・・・。薄く細かく生えた毛と、指先に柔らかく押しつぶされるその頼りなさが、赤ん坊みたいだった。ふわふわしててかわいらしい。
「サスケは何に見える?」
「かぼちゃ」
「・・・まあそうかもしれないけど、そうじゃなくて〜」
カカシが聞きたいことはそうじゃないということはわかるが、とっさに何も思い浮かばなかった。何に見えると言われても、今は赤ん坊にしか見えない。
しばらく何に見えるだろうとじっと見つめてから、サスケは小さくぽそりと「人形」と言った。
「人形・・・?」
「・・・座ってて、着物を前で合わせてるんだよ、ここが頭で、ここが肩で・・・」
どう言ったら伝わるのだろうと、考えながら言葉を続ける。
「こんなのが2つ並んでるお雛さまとかあるだろう」
カカシは言葉をはさまずにサスケの手元に視線を落とし、説明をじっと聞いていたが、ふいに「ああ」と言った。
「そう言われてみればそうだな〜」
ふむふむとうなずくカカシを見て、サスケは少しほっとした。自分のあんな説明でもなんとか伝わったみたいだ。
「あるなぁ、そういうころころしたかわいい雛人形・・・。なんかそう言われてみると、赤ちゃんの顔よりもそっちのがぴったりな感じがするなぁ・・・」
目元を緩ませてフウセンカズラを見つめているカカシを、サスケはそっと盗み見て、こんな顔もするのかと不思議な感じを抱いた。いつもは何を考えているのかわからない飄々とした顔つきをしている。たまに、忍としての厳しい表情を見せている時もある。もちろん顔のほとんどはマスクと額当てで覆われているので、その表情は唯一表に出されている右目から判断するのだが。それで、いったいどちらが本当のカカシなんだろう、と疑問に思わないでもなかった。
・・・へぇ、こんな顔もするんだな・・・。
「なあ、」
「何?」
声をかけるとカカシがサスケの顔に視線を動かした。目が合うと思っていたよりも近くにいるみたいな感じがして、サスケは無意識のうちに少し顎を引く。
「この中、何が入ってるんだ?」
サスケのその質問にカカシは首をかしげると、また、サスケにつままれているフウセンカズラに視線を戻した。
「なんだろうな〜」
そういえば考えたことなかったなあ・・・。そう呟いてサスケの指の中を見て、カカシはまた優しい顔をする。その顔が、というより優しく笑うその雰囲気が、あの夏の終わりの母の思い出と重なり、サスケは少し苦しくて少しくすぐったい気持ちになった。
カカシは、そんなサスケの困ったような少しはにかんだような表情を目の端に見て、視線はサスケの手もとにあてたまま軽くため息をついた。いつもあまり表情を見せないから、その顔がやけに気持ちをひきつける。ふだんは誉めても別にうれしそうでもなく当然といった顔つきでいるし、不機嫌そうな顔や怒った顔ならよく見るけれど。
こんな顔もするんだなあ・・・。
「開けてみたら?」
今は、じっと、透視でもしそうなくらいに薄そうな緑の肌を見つめているサスケに、そんなことしても見えないよと内心おかしくなって、少し笑いをこらえたような声で言う。
「・・・いいのか?」
「もちろん。サスケにあげたものなんだから」
サスケは一瞬ためらって、両手でフウセンカズラの頭のてっぺんをつまんだ。そっと割こうとしたら、それはなかなか丈夫で、簡単には左右に開かなかった。本当に開けたいのならもう少し力を入れなくてはならないが、なんとなくそんな気にはなれずサスケはまた手のひらでそっと包み込んだ。
あれ?という顔でカカシがサスケの顔を見ると、サスケはなんだよという顔で睨み返してきた。
「・・・いいの?」
「やっぱりやめた」
こんなに柔らかくてふわふわした頼りないものを2つに裂いてしまうなんて、なんだか気が引けた。それに、赤ん坊にもころころした人形にもひどいことをするような気持ちになってしまって、必要なだけの力を指先にこめるのはできそうになかった。もちろん、気持ちなど持たない植物なのだから、割いたところでひどいもなにもないと思うのだが。・・・でもそれだけじゃなくて。なんとなく、この小さな緑色の袋の中には、母の気持ちや、なんとなくだけど、カカシの気持ちも入っているような気がしたのだ。もちろんそれも、錯覚だと思うけれど。こんな気持ちをカカシに説明する気はないが、なんだか胸が温まるような・・・。
「虫がうじゃーって出てきたらやだしねぇ」
いったいどこからそんな発想が出てきたのか、カカシが鳥肌の立つようなことを言う。
せっかくほんわかと温まっていたサスケの胸は、がくんと一気にむかつく方向に切り替わってしまった。
「気色悪いことを言うなー!」
そう言って、思わず手に力が入り、フウセンカズラを握りつぶしてしまいそうになった。
その手をカカシはすばやく取り、中の小さな丸い淡い緑がつぶされてしまわないように両手でそっと、でもしっかりとサスケの手を押し広げた。
「あ・・・」
「大丈夫、無事だった」
自分の手の中でつぶれてしまったかとびっくりしたような、珍しく慌てたような顔をしているサスケに、両手で包み込んだままのサスケの手のひらの上を示す。それから、またフウセンカズラに目を落とすと、カカシはそれに口付けをした。おまじないつもりで。
――― サスケが大事にしてくれるみたいだから、すぐに枯れたりしないように。
サスケは突然カカシの頭が倒れこんできたことに驚き、手のひらに軽く吐息があたったことにも驚いた。反射的に手を引っ込めようとする前に、すぐカカシの頭は元通りの位置に戻った。
「なにすんだよ」
まあまあ、怒らない怒らないと両手でサスケを制するジェスチャーをしてますますサスケをいらだたせてから、カカシは席を立った。顔を見るだけのつもりが、少し長居をしてしまったみたいだ。
帰りもちゃんと玄関から出ながら、「また来るね〜」と言うと、予想通り「二度と来るな」という少し呆れたような声で返事が返ってくる。でもちゃんとお見送り付きで。
サスケはカカシが消えたドアが閉まるのを見届けてから、ずっと手の中にあるフウセンカズラを見た。そしてカカシがしたようにそれに口を近づけて・・・、「・・・やめた」。
あのウスラトンカチがこれに何を吹き込んだのかは知らないが、そのままそっとしておこうと思った。
それに。いくらなんでも恥ずかしすぎる・・・。
今さらながらに顔を赤くして、サスケは部屋に戻ると、ずっと手の中におさまっていた若草色の小さな存在をそっとテーブルの上に置いた。
フウセンカズラは小さくころりと揺れて、なにかうれしそうに、笑ったように見えた。
END