愛情行動 - 後 -
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扉の向こうの咳が一瞬途切れて、また聞こえてくる。
気になって部屋を覗いてみると、サスケが半身を起こして掛け布団に顔を押し付けるようにして咳き込んでいた。
慌ててそばに行って背中をさすってやる。鼓膜を震わせる鋭い咳。ぽわんと熱っぽく湿った背中、手に伝わってくる振動。
それに台所から漏れる明かりが、暗い部屋で、サスケの存在を妙に生々しく見せている。ひとしきり、体がひっくりかえって内臓が出てしまうのではないかと思わせるような激しい咳をしてから、サスケはやっと背中をさする手に気づいた。
「カカシ・・・?」
「・・・ん?」弱々しい、熱を持った声が、確認するように名前を呼んだ。そして潤んだ目がじっと見上げてくる。戸の間から漏れる光が、暗い水面にゆらゆらと反射するように、涙に潤んだ黒い目を時おりひらめかせて・・・なんだか見ていられない。
それに、すっかり臆病になってしまった心臓がたてるどきどきという音がサスケに聞かれそうなのが怖くて、何か言わなくてはと思ったところで、サスケがゆるりと口を開いた。「アンタ・・・いつ来た・・・?」
何を言うのかと思ったら、全然普通の、至極もっともなことを聞いてきた。
だが無意識のうちにしていた予想を少しはずされて、一瞬答えにつまって、つまったついでに、こういう場合忍者だったらまずはどうやって入った?じゃないのかな、とぼんやり思ったりする。
でも。
いつもどおりのサスケで安心した。これで涙をこぼされたり、頼るそぶりを見せられたりしたら・・・、抱きしめるくらいはしてしまったかもしれない。もしそれをサスケが許してくれたとしても、やっぱり、そんなオレはオレがいやだ。弱った子ども相手に・・・、そんなの変態だ。変質者だ。
いや、変態とまでは言わなくても・・・。親子だったら普通のことだし、大人と子どもなら別におかしいことじゃない。が。オレとサスケはそんなことをしていい関係か?ん?
どんな関係だ?
思いもかけない方向に思いもかけず考えが飛躍し、だがやはり答えは出せず、胸の中に如何ともしがたいもやもやが残った。カカシはこっそり今日何度目かのため息をつく。
「ちょっと前にね・・・」
いいかげんサスケも答えが返ってくるのをあきらめただろうと思われるくらい間を開けて、やっとカカシが答えた。加えて、勝手に玄関を開けて入った、無用心だ、イヤな犯罪も増えてるから二重ロックにしたほうがいい、と聞かれてもいないことを言うと、そんなことが必要な相手はあんたくらいだ、と即座に返された。
「だいたい玄関を二重ロックにしたって窓から入るだろ」言おうとしていたことまで代わりに言われてしまった。
いや、声はひどいけれど、それでこそサスケだ。つられて軽口が出る。
「そんなこと、人が聞いたら誤解するだろ、変な人みた〜いって」
「んなことねぇよ」
「え?・・・そう?大丈夫?オレ」
「変な人みた〜い、じゃなくて、ちゃんと、誤解じゃなく変な人なんだろ。あの覆面の上忍に対する自分の認識は正しかったのね〜・・・って喜ぶだけだ」
「・・・ひどい、サスケ」呟いてカカシががっくりと肩を落としてみせると、サスケはふっと口の端だけを上げて笑った。
饒舌だし口調も軽いし、熱に浮かされているだけかもしれないが、機嫌のいいサスケを見ているとなんだか嬉しくなってくる。笑った拍子に咳が出たのを、「人のことエロ魔人だなんて悪口言うからだぞ」と言うと、「そこまで言ってねえ」とまたサスケは咳混じりに笑った。「熱はどうだ?」
そのまま何も考えずに額に手を伸ばしたら、驚いたのか、サスケは一瞬身を引こうとした。それに気づかないふりをして少し強引に手のひらを当てると、額はやはりさっきと変わらず熱かった。元気に見えても、やはり熱に浮かされているだけなのだろう。
・・・手のひらに熱と一緒にサスケの戸惑いが微かに伝わってくる。
どこを見ていいかわからないのか、サスケは目を伏せていた。じっと、息をするのも我慢するようにして、まばたきもそっとしている感じがする。台所からの灯りで仄白い瞼が微かに震えているのが見えた。あ・・・。しまった。
そう思った瞬間、先ほどのもやもやがまた胸に戻ってきた。今度はサスケも動揺しているようで、状況はなおさら悪い。
サスケはこんなふうに触られ慣れていないのだ。
・・・失念していた。それをこんな動揺で見せ付けられるとは思わなかった。いつもなら即座に振り払われるところなのだろうが、熱を出しているせいで、それから多分にさっきの気安げな雰囲気が邪魔をして、サスケもとっさに振り払うことができなかったのだろう。
今はせめてその動揺をこちらにあからさまに伝えるわけにはいかないと、熱のある頭で考えて耐えているのがわかる。
信頼されてないとがっかりするよりも、そんなサスケの様子に胸のもやもやは痛みに変わった。こんなことなら、いつものようにあからさまに嫌そうな顔をして振り払ってくれたほうがよっぽどいい。それとも、震える瞼の下で、はるか昔に失った遠いぬくもりを追っているのだとしたら・・・、どうしたらいいのだろう。
サスケが何を思って身を硬くしているか、想像は結局想像でしかないがいずれにしても、何かにじっと耐えるその様子はさっき眠っていた時と同じく、やはり野の動物を思わせた。
・・・それまで通りに生きていけなくなるから、半端な情でむやみに手を出してはいけないのだ。
同じように、サスケが今までひとりで我慢して積み上げてきたものを、脇から気まぐれに手を出して崩してしまうような権利は、自分には、ない。胸にきりりと引き絞られるような痛みが走る。
・・・昼間、来るつもりが起こらなかったのは、結局こういうことだったのかもしれない。
もしかするとその判断の方が正しかったのだろうか。・・・そう思うのだったら・・・、さっさと手を離してやればいいようなものなのに・・・、頭の別の部分ではサスケの意外と長いまつげを観察していて、それがほんの少し揺れるだけでもいっそのこと抱きしめてしまいたいという衝動に駆られる。
そうできたらどんなに楽だろう。
いやいや、早く、離してあげないと。いいかげんかわいそうだ。
ひとりそんな葛藤をしているうち、こちらの手のひらまで緊張で熱くなってきてしまった。それはもう痛いくらいで、こんな熱がサスケに伝わったらもっと具合を悪くさせてしまいそうだ。
が、今度は、自分の動きがぎくしゃくするのが怖い。こちらの動揺は、せめて、サスケに気づかれないようにしなくては。
・・・できるのか、そんなこと?どうしたってぎこちなくなってしまいそうな気がしてしばらくそのまま固まっていたが、それ以上この沈黙にも耐えられず、無理やり声を出す。
「・・・今、」 お粥を作ってるから、と続けようとして、はっと火にかけたままだったことを思い出した。
・・・お粥・・・!!
あれからどれくらい経ったのだろう、しかも、なんだか、焦げ臭い・・・!?
慌てて台所に戻ってみると、お粥を作っていた一人用の土鍋から、煙がもくもくとあがっていた。思わず上げた情けない声は、サスケにもきっと聞こえたに違いない。
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お粥を失敗する大人なんて、他にいないかもしれない。
蓋を開けてみると白い表面は煮詰まってがびがびしていて、火を消してもまだ毒々しい大きさの泡をごふっごふっと破裂させていた。上がる煙から(もはや湯気ではない)、かき回してみなくても下が焦げ付いていることはわかる。それでも表面をすくって鼻先に持ってきてみると、焦げた匂いがひどくてとても食べられそうになかった。
・・・ああ、どうしてこうなんだろう。部屋に戻って今度は電気をつけると、サスケが眩しそうに身をすくめた。明るいところで見るとやっぱり顔色が悪い。
さっきの騒ぎは何だとでも言いたげにこちらを見上げてくるので、あー、ほら、こんなだよ〜と、自分のダメさ加減を冗談めかしてサスケに見せた。そうでもしないと、さっきまでのもやもやがまだ胸にくすぶっていたこともあって、時と場所をわかってはいても落ち込んでしまいそうだった。
そして「こんなの食えねぇ」と、そう言われるだろうから、それに笑って答えてもう1度ちゃんと作り直そう、そう思っていた。
サスケは不思議なものを見るようにじっと鍋を覗き込んでいる。何に見えるだろう、よくて失敗したお粥、悪くて融点を越えた鍾乳石か。・・・どっちもどっちだな。そしてサスケはこちらの指の間に挟んでいたれんげをひょいと取ると、ちょいちょいとお粥の表面をつつき始めた。そうやってると慣れかけの子猫みたいでちょっと可愛い・・・![]()
と思ったら、ぽか、と口を開き、いったいどんな文句を言われるだろうと考えてしまったそのわずかな隙に、サスケはれんげごと口を閉じてしまっていた。
予想外の行動に、一瞬何が起こったのかわからなかった。
・・・あんなにひどい味のしそうなお粥を。すでにお粥とは言えない毒々しい見かけのそれを。食べたのか!?
「ちょっと待て!」
慌ててれんげを取り上げて、吐き出させようと思ったら、サスケはそれより早く飲み込んでしまった。そしてまた身を折って激しく咳き込む。あんなもの食べるからだ。少し泣きたい気持ちで背中をさする。作ったのはオレだ。
「・・・だ・・・ぃじょ・・・、・・・っ」
サスケが咳の合い間に苦しそうに息をつむぐ。
が、何を言ったのか、咳に邪魔されてよく聞き取れなかった。顔を近くに寄せると、げほげほと激しい咳が空気を震わせて、頬に直接響いてくる。ひとしきり咳をしてようやく収まったのか、サスケはふう、と大きく息をついてから言った。
「どうせ味なんてわからね・・・」が、語尾は再び咳に消え、その振動が脳を揺さぶるようでなんだか本当にどうしたらいいのかわからなってきて、誰かに助けに来てほしいくらいだ。
「・・・も・・・、ひとくち」
・・・もう一口と言われても・・・。
咳き込んだせいで、サスケの声は泣きそうに聞こえる。咳をして体力を使ったのか肩で息をして、深く息を吸おうとしてときおり喉がひゅう、と音を立てる。
そんな声に逆らえるはずもなく、しかしこんなものを、と葛藤しつつ、じゃあもう一口だけ、と焦げてない部分を集めてれんげを口に運んでやった。・・・無力だ。
サスケは同じように苦しそうに飲み込むと、今度は無言でこちらを見た。こちらも目で食べるの?と聞くと、促すようにわずかにうなずいた。なんでこんなもの食べたがるんだろう、味がわからないと言ったって、焦げた煙で燻されて相当苦くなっているはずなのに。そう思いながら、サスケに促されるままに何口か食べさせる。ときおり、陶器で作られた白いれんげにサスケの白い歯がかちりと当たる音がした。その音を聞いて、改めてサスケが自分の手からお粥(になる予定だったもの・・・)を食べているのだとなんとも言いようのない感慨を感じた。
サスケは鼻で息ができないため、食べる合い間合い間にはふはふと苦しそうに息をしている。
口の端についたご飯粒を指先でぬぐうと、その口元が一瞬びっくりするくらい柔らかくて、ついでに頬の熱さまで伝わってきた。・・・もう、いったいなんなんだろう。
もうやめなきゃと思いつつ口を開けられるとどうしてもやめることができず、毒にはなっても薬には絶対ならなそうなお粥(になる予定だったもの・・・)を半分以上食べさせてしまうと、サスケはことんと枕に頭を落とした。眠ってしまう前に、せっかく胃にものが入ったからと慌てて薬と水を持ってくると、サスケは嫌そうな顔をしながらもおとなしく飲んだ。でもやはり相当苦かったのか、なんとも言えない顔をして布団にもぐりこんでしまった。少し拗ねたようなその様子に思わず目元が緩む。
薬が苦いのはオレのせいじゃないんだよ〜。笑いながら布団を整えてやると、サスケは布団から目元だけを覗かせて、こちらを優しそうな目で見上げてきた。
「・・・なに?」
聞くと、答える代わりに布団にまたもぐってしまいそうに体を動かした。「具合よくなりそうか?」
サスケは小さくうなずくと、大丈夫だと思う、と掠れた声で言った。「まずいもん食わしてごめんな」
サスケはそれに小さく笑うと、また少し咳をして、言う。
「あんなに苦い粥初めて食った」
少し取り戻しかけていた余裕ががらがらとまた崩れる音が聞こえたような気がした。
・・・やっぱりまずかったんじゃねーか。
味がわからないなんて、しかもいっちょまえにポーカーフェイスで嘘つきやがって!なんとなく追いつめられたような気になって、心の中が攻撃的になる。
だがサスケに責めているつもりはないらしく、具合が悪いうえにまずいお粥、まずい薬をとらされたというのに、機嫌はやはりよさそうで、楽しそうだ。
そんな、熱でほんのり赤い、柔らかく緩められた目元を見ていると、いじけそうな気分がとろとろと溶けて、代わりに胸いっぱいにきゅうっと切なさがこみ上げてくる。やっぱりおいしい物を食べさせたかったな。
そう思いながら頭を撫でると、サスケはおとなしく目を閉じた。髪にも熱がこもって、それほど柔らかくもない髪が今はくたくたになっている。
そして、サスケは小さくおやすみと呟くと、言った自分が照れくさかったのか、それともそれ以上頭を撫でられるのが恥ずかしいのか、布団に頭まで潜ってしまった。それでも落ち着かないのか、布団がもごもご動いている。
なんだその可愛い行動は、大丈夫かサスケ〜!大丈夫じゃないのは自分もだった。
さっきからもうずっと心臓がおかしくて、痛いやら苦しいやら早いやらで、身の置き所に困る。
なんとなく、サスケがもぐっている布団の上に手を置いてみたものの、叩いてやるか撫でてやるか迷っているうちに、手の下が静かになった。そっと布団をまくってみてもサスケは動かず、代わりに寝息が聞こえてきた。来たときと同じように口を開けて、呼吸をするたびに弱い音をさせている。
しばらくじっと聞いているうちにその優しい音で胸の中がいっぱいになって、それをどこかに逃がしてやらないといよいよ収まりがつきそうになくて、思わず、サスケの額に吹き込むように口を寄せていた。
唇でそっと触れた肌はやはり熱くて、耳元をくすぐる弱い寝息と相まって、やっぱり泣きたい気持ちになることを確認すると、封印をするように濡れたタオルを乗せた。
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冷たく澄んだ空の下、家路を辿る。真夜中、あたりはしんと静まって、風すらもない。
いくらなんでも、額にキスはやっぱりやりすぎだったかと、かなり恥ずかしい気持ちで足を急がせる。誰が見ているわけではなかったが、マスクとマフラーを鼻まで引き上げて赤くなった顔を隠すと、恥ずかしさは余計に増した。大人のくせに無力だとか、権利がどうとか、ぐるぐると考えていたときの気持ちは今になるとはっきり思い出すことができず、すべてはその恥ずかしさに集約されているような気がしてきた。
・・・ナルトとサクラに看病しに行ったことがばれたら、ずるいとかって言われるんだろうなあ。
ずるいも何も、義務なんだよ、義務。いや違うけど。だってかわいそうだろ?それもちょっと違う。
じゃあ何なんだろう。
文句を言われたとき用に言い訳を考えてみたが、自分でもよくわかっていないのだから、当然うまく説明できる言葉も見つからない。
さらに・・・もしキスしたこともばれたら・・・と言ってもおでこにだが、いったい何と言ったらいいのだ?・・・明日、サスケはどんな顔をしてくるだろう。改めて自分の頭を殴りつけたくなるような衝動に駆られながら、でも胸の中はほこほこと温かい。
もし、サスケが来なかったらお見舞いに行こう。そしてもっとおいしいものを食べさせよう。・・・まあ、今日のがひどすぎたから何を食べてもおいしいと思ってくれるだろうな。
そんなことを思ったらまた少し泣きたい気持ちになったが、それはそれほど不愉快でもなく、胸を少しだけ甘く痛めて、ふいに吹いた風と一緒にふわりと流れていった。
END
2002/03/25
ブラン*香渡さまからのリクエスト、「風邪ひきサスケ君と不味いお粥」の続きでした!遅く・・・遅くなりまして・・・!!すみません!!ああう、遅い・長い・つまらないの三重苦でした!!
この長さは・・・、手直しをしようとしばらく手元に置いておいたらどんどん長くなってしまいました、削るつもりがむしろ長く・・・!どうしてでしょう、恐ろしい・・・!そしてなんなんでしょう、この恥ずかしさは。ああ、香渡さんのイメージに合わせてもっと可愛いお話になるはずだったのですが・・・(><) ただのダメ話になりました。いただいたリクの反映具合も字面を何とかなぞったようなていたらくですが、あ、愛だけはこもってます…!!前編の冒頭、「まだそんな季節でもない」って、書き始めたころの名残です。もうとっくに風邪の季節は終わって今は花粉が舞ってます。
無理やり押し付けておいて、こんなですみません〜!!わーん!!
香渡さん、リクエストどうもありがとうございました!!