ペイシェント・ブルー








窓の外から聞こえてくる異国の音楽。
何かの料理の、これも異国風な温かそうな匂いが階下から漂ってくる。
陽気な音楽のほかには、犬の吠える声、誰かを呼ぶ声と、子どもの笑い声。遠くで鳴る鐘の音。

任務の合間の、ほんのひと時の休息。
外の明かりが差し込むだけの暗い部屋でマスクをわずかにずらすと、カカシは小さく息をついた。

カカシが木の葉の里を離れてから一週間が過ぎていた。3人の子どもたちと離れてから、また。今回は7班の担当としてではなく、上忍として充てられた任務で里を出てきていた。
上忍としての任務といっても、そう大変なものではない。東西の交易の要所として栄え大きくはないが豊かなこの町で、内乱が起こるとか起こらないとかで、大規模な紛争はなんとしても避けたいと里に依頼があったのである。
その詳しい内容は聞かされていない。実際にその任に当たるのは自分ではなかった。
カカシは、以前も何度か来たことのあるこの地に、使える人脈の引継ぎ兼案内役として来たのである。おかげで危険も少ないが、嫌味なことに暇もない。
そんな町の中は一触即発の状態で、どことなく騒然としていた。

最初はなんとなく懐かしかったこんな空気も、着いてから2日で飽きた。
それからは、早く里に帰ってだらだらしたいと、そればかりを考えている。持ってきた本もわずかな空き時間ですでに読み終わってしまった。以前は、異国情緒にひたりきって馴染みの薄い雰囲気ををどこか懐かしくも感じたりして、里に帰れなくてもいいななんてのんきに考えたこともあったのに。歳をとった証拠だろうか。

 

(・・・ってより、なんか所帯じみた・・・)

そう思って浮かぶ、3つの顔。黒と黄色と桃色の小さな頭たち。彼らへのおみやげは何にしようと考えたら、気づかないうちに口元が笑っていた。

毎日、自分がいなくてもちゃんと大人しく課題をこなしているだろうか。ナルトは他の人間たちと面倒を起こしたりしていないだろうか。まあサスケとサクラがいるから大丈夫だろう、・・・いや、サスケはかえって火に油を注ぐようなことをしているかもしれない。・・・どころか、騒ぎの元凶になっているかもしれない。・・・まあ、あの2人でやりあっている分には仕方ないとして、他人を巻き込んで始末書なんてことになってたら・・・。

思わず、後で報告書を作るときのためのメモをとっていた手が止まる。

(やだぞ〜、おい)

火影さまは子どもたちには甘いけどオレらには厳しいからな〜。
そんなことを思いながらしばらく暗い壁を眺めて、気を取り直して手元の紙に目を落とす。そして、また今日の任務の内容を書き込んでいく。

・・・もう日は暮れて、里も夕食時。子どもたちも今はそれぞれ夕食をとっているに違いない――手は動かしたまま、考えはまた里に戻る――。サクラは家族と、ナルトはたぶん面倒見のいい教師と、サスケは――。
・・・ひとり?
カカシの頭の中に、同じ桃色の髪をした母親と笑うサクラと、イルカにどつかれて口をとがらせるナルトと、ひとりテーブルに向かうサスケの姿が同時に浮かぶ。そのサスケは何を見るでもなく、視線は誰もいない向かい側のいすのあたりをさまよっていた。

心臓が、どきんと鳴った。

それは、サスケがひとりで食事をとっているのは、別に自分が里にいても変わらないことだった。
それでもいつもは寂しそうだなんて思わないのに、・・・かえって人をうるさがっているように見えるのに、どうして今はこんなに心細そうな姿で頭に浮かぶのだろう。会おうと思えばすぐに会える時ならともかく、どうしてすぐにかけつけられない時ばかりこんな想像をしてしまうのだろう。
完全に手が止まってしまったメモを手慰みに小さくたたんでベストのポケットにしまいながら、考えすぎだと自分に言い聞かせる。

(サスケは大丈夫だ)

だが一度浮かんだサスケの寂しそうな姿は瞼からなかなか離れず、それどころかどんどん悲しくなる場面を想像してしまう。他の子はまだ親元で甘えていられる年ごろなのに、その様子を見つめるサスケはひとりだった。――ナルトもそれは同じだったが、ありがたいことに、少なくとも1人はナルトのことを心から気にかけてくれる人間がいた。
サスケは、どんな気持ちで暗く冷たい部屋に帰り着くのだろう。自分で用意する食事もひとり分。今日はどんなことがあったのかとたずねてくれる人もいない。ケガをしても、癒す手はない。動物だって子どもがケガをしたらじっと舐めていたわるというのに。

 

頭の中のサスケが、泣き出しそうに、顔をゆがめた。

 

+++

 

「サスケー!!」

その声に周囲の鳥たちが音をたてて飛び去る。うるさいと思いながら立ち止まると、後ろから予想にたがわない黄色い姿が近づいてきた。朝っぱらだというのにやたらと血色のいい顔に、なぜだか少し腹が立つ。

「なんだ・・・、」ドベ、と続けようとして、やめた。
「・・・デブ」

「・・・は!?デ・・・!?」

予想のつかない言葉に驚いたのか、ナルトが目を白黒させている。・・・そうでなくても二文字の悪口はインパクトがある。ドベしかり、デブしかり。そのナルトの反応に少しだけ気が晴れて、ついでにそのつやつやした頬をつまんだ。しかしその見かけに反してそれほど肉はついておらず、かわりに皮が弾力をもって伸びる。

「・・・」
「・・・」

・・・丸く見えたのは寝起きでむくんでいただけか。
サスケの呆れたような表情に何を思ったのか、「昨日はいっ一杯だけしかおかわりしなかったってばよ!」と慌てたようにナルトが言い訳をはじめた。それによるとその一杯とは味噌ラーメンのことらしい。しかしすぐに、何かに気づいたようにしゃべるのをやめた。

「んなことてめーには関係ねーってばよ!!」

・・・聞いてねーよ。
ひとりでうるさいナルトはひとまず置いておくことにして、演習場の方に足を向ける。少し遅れて、ぶつぶつと何かを言いながら、ナルトが後ろをついてくる。
今日も、演習場で自主訓練。昨日も、おとといも、その前も、一週間前からそうだった。

「上忍の仕事が来ちゃってさ〜」と、眠そうなのと嫌そうなのを足して2で割ったような声音を耳に残して、カカシはどこかに行ってしまった。行き先は知らないが、次の日本当に里を出たらしい。それからもう1週間以上がたつ。思っていたよりも1週間は長かった。1日1日も長い。それに、なんだか静かだ。これが、あさってまで続く。
・・・別に寂しいわけではない。おかげでつまらない任務もしなくてすむし、修行のために思う存分時間が使える。あのぐうたら上忍にしてはまめなことに、いない間の課題も残していった。ゲームみたいなものだったが、退屈はしない。任務よりは面白いとも言える。
だが、何か物足りない。張り合いがないとでも言うのだろうか。
ふとしたときに、自分でも気づかないうちに、あの、別に褒めてくれるわけでもないやる気のなさそうな眠たげな目を探してしまう。どうしてかはわからない。だが、当たり前だが探しても見つかるわけではない。カカシが帰ってくるのはあさってだと、少し、いらいらする。

サスケはフンとひとつ鼻を鳴らして、そんなどこか急かされているような気分を追いやった。
顔を上げると、向こうからこちらに向かってくる少年たちと目が合った。よく見るとアカデミーで同期だったやつらだ。これから授業か。

そのまま何も言わずにすれ違うと、「ナルトのくせに」と聞こえよがしな悪口が聞こえてきた。
・・・くだらない。
サスケはそのまま行き過ぎようとしたが、やや後ろを不貞腐れながら歩いてきたナルトは、その挑発に簡単に乗った。

「なにを〜!」

振り向くと、ナルトがぷるぷるとこぶしを握り締めながら踏ん張っている。相手は3人。そのナルトの反応を見てにやにやしているが、好意的な笑みではない。どちらが先に手を出してもおかしくなさそうだ。

(このウスラトンカチ)

さっき自分がナルトを怒らせたことは棚に上げ、チッと舌打ちをする。
ここで騒ぎになったら面倒くさい。忍者が、忍者候補とはいってもまだ一般人であるアカデミー生とけんかをするわけにはいかなかった。呼び出されて注意されるのは怖くないが、謹慎や始末書なんてことになったら面倒だ。・・・カカシのいない間に。
こちらが手を出してこないと分かっているのか、かつての同期は口々にナルトの気に障るようなことを言う。
言いたい放題に言われて、ナルトが今にもつかみかかりそうに息巻いている。ここで殴りかからせるのを黙って眺めているわけにもいかないだろう。仕方がないので襟首をつかんで引っ張る。

「ほっとけ」

止めようとしたのだが、一言多かった。――簡単に挑発に乗るナルトを、「アメーバ並みの単細胞」と言ってますます逆上させてしまった。
まだ朝だというのに不愉快な言葉を投げつけられ、背後からもだめ押しを受けて、ナルトは矛先をどこに持っていったらいいのか迷いながらもかなり怒っていた。黄色い髪が逆立って、心なしか湯気も見えるような・・・。
サスケは、ナルトを逆上させるのは得意だが、その逆の方法は知らない。

(めんどくせー)

本当に面倒くさくなり、もう放っておいて立ち去ろうかと考えていると、また皮肉な響きの言葉が耳に入ってきた。

「仲間割れかよ。まあ、ナルトとサスケサマじゃな〜」
「教育が悪いんじゃねーの」
「あの白髪だもんな、ぜってー、ヨワヨワ!だっせー!あれじゃだめでしょ」
「つーかあのマスクは何」

ぎゃははと笑い声が聞こえた。彼らは今度はこの場にいないカカシをけなすことにしたらしく、まだいろいろ言い続けている。内容はばかばかしく憶測ですらない。
相手の持ち物を攻撃するのは、けんかの常套手段だ。――怒った方が負けだ。
わかってる、でも・・・。

自分のことでは耐えたナルトがとうとう掴みかかろうとした時、それよりも一瞬早く、サスケの手がナルトの肩を掴んだ。

「待て」
「なんだってばよ!!止め・・・」

バキッ!!

その痛そうな音に、ナルトが言いかけた言葉を飲み込む。
そして、1人が道の端まで飛んだ。

「は?」

ナルトと、残りの2人がぽかんとそれを見送った。殴ったのは、ナルトを止めておいて自分が飛び出したサスケだった。殴られたのは一番手前側にいた1人。残りのものは驚いたのもつかの間、すぐに気を取り直すとサスケが勢いよくこちらを振り向くのに身構える。・・・何故かナルトも。

サスケの足が、地面を蹴った。

 

+++

 

木の葉の町並みが薄闇に沈む頃、カカシは里に帰ってきた。

あの後、サスケのことがどうしても頭から離れず、とにかく早く帰らなくてはと、本当だったら明日一杯までかかるはずだった仕事をさっさと片付け、あとは任せたとばかりにその町を出てきてしまった。道中も急ぎに急いだのでさすがに疲れてへとへとだが、思っていたよりも早く里に着けたおかげで、気分はいい。
任務の報告は明日することにして、とりあえずはサスケの家に向かう。疲れているというのに、なんだか気がせいて自然と急ぎ足になる。

もう少しでサスケの家が見えてくるというところで、前の方に見慣れた黒い後姿を見つけた。
サスケだ。そう思ったときにはカカシはもう走り出していた。

 

後ろからの足音になんとなく振り返ると、忍服の男が速度を緩めながら近づいてきた。青さを増していく光の中で、それでもその男がマスクと額当てで顔のほとんどを隠していることがわかる。

(・・・カカシ?)

今ここにいるはずがない姿に驚いて、サスケは振り向いた姿勢のまま、近づいてくる静かな足音を聞いた。なんだか遠くから聞こえてくる音のようだ。
「な・・・、」
なぜこんなところにいるのだろう。帰ってくるのは確かあさってと言っていなかったか・・・?自分の記憶違いか、・・・それとも幻覚か。妥当なところで見間違いか。
・・・見上げたマスクの下から、少し荒い息遣いが聞こえてくる。

 

「・・・どうしたんだ、それ」

もう少しで追いつくというところでサスケが振り返ったが、何の反応もなかったためこちらには気づいていないのかと思った。あたりが暗くなっていく速度が急に増し、そこからではサスケの表情が見えなかったのだ。
近づいてみると、サスケは呆然とした顔でこちらを見上げていた。・・・正直、泣くのかと思った。だがよく見ると全然泣きそうな顔はしておらず、代わりに驚くほどひたむきな目をしていた。
その瞳の色にこちらも何と声をかけたらいいのかわからなくなってしまい、挨拶もそこそこに、どうしたのかとサスケの腕や顔にできていた傷を指差した。
サスケはその質問に、ようやくいつもの表情に戻った。

「・・・ナルトのヤローが、」
少し怒ったような口調でそう言ったが、すぐにむっと黙ってしまった。一度顔を上げて口を開きかけたが、結局何も言わないまま口を閉じる。

「・・・ナルトと殴り合いでもした?」

サスケはその問いに一瞬間をおいてからうなずくと、眉間にしわを寄せてフンと顔をそらした。

(やっぱり)
なんだか少し気が抜ける。こちらは心配でほとんど眠れなくて、大急ぎで仕事をして、それでも終わらなかった分は仲間に頭を下げまくって、また大急ぎで帰ってきたというのに。どうやらサスケはいつもと変わらなかったようだ。・・・なんだ・・・。そんなことを思ったらどっと疲れが出た。
いや、自分が勝手に想像を膨らませて勝手に心配して勝手に早く帰ってきたのだ。だが。
(・・・まあ元気そうでよかった)
サスケのそのふてくされたような反応に、安心したのも確かだった。
そういえばさっき、気のせいかもしれないが、もしかして待っててくれたのかなって感じもなんとなくしたし・・・。

サスケは黙ったまま道の端をにらみつけている。

 

・・・ナルトと殴りあったというのはウソじゃない。が、それが全部ではない。
いちおうカカシにも報告した方がいいとは思うが、いったいどこから説明したらいいのか分からない。

今朝、かつての同期が勝手なことを言うのに腹が立ち、まず1人を殴り倒した。あれくらいのこと、聞き流せばよかったのかもしれない。自分はこんなに喧嘩っ早かったかと少し驚いたが、それも一瞬だった。とにかく自分は怒っていた。
続いて2人目を殴り倒した時、ナルトがこれは自分が売られたけんかだと止めようとした。袖を掴んできたのを振り払って、思う。・・・そういうことを言ってる場合か。

「うるせー、てめーが鈍いんだろうが」
それに、苛立ちから、「ボケ」と加えると、何を血迷ったかナルトが掴みかかってきた。
「てめぇ!邪魔すんな!!」

・・・あの時、なぜあんなにいらいらしていたのだろう。意味もなくナルトと殴り合いなんかして。
ナルトはバカみたいに体力があって、前の2人よりも少してこずった。そんなことをしていたら残りの1人が逃げてしまい、とりあえずナルトも倒してそいつを追いかけた。殴り倒した後、後から追いかけてきたナルトとまた殴り合い、・・・あの時はもう2人ともなぜだかわからないまま、なんだかむしゃくしゃして殴りあった。だが、再びナルトを地面に沈めた時には、なんだかもう落ち着いていた。そして、放っておくのもどうかと思いナルトを引きずり始めたところで、運悪くイルカに捕まってしまった。頭に血が上って気づかなかったが、そこはアカデミーの前で・・・。2人してたっぷり叱られ、罰だと言ってアカデミー中の掃除をさせられた。・・・解放されたのはついさっきだ。

だいたいもとはと言えば・・・。

そう思ってちらっとカカシを見上げると、ぽんぽんと頭をたたいてきた。
振り払おうと思うが、手が上がらない。
ため息が出る。

・・・帰ってきたのだ。疑っていたわけではないが、生きて、無事で。変わらずに。

そう実感すると同時に、しがみつきたい衝動が胸の中に破裂しそうに膨れ上がった。それを、自分のことながら変だと思いつつ、なんとか押さえ込む。
そしてサスケは、しがみつく代わりに頭の上に乗せられた手を取ると、疲労のせいで重い足どりのカカシをすぐ近くの自分の家まで引っ張って行った。

 

+++

 

翌日、任務の報告書を出しに行ったカカシを待っていたのは、「監督不行き届き」と怒鳴る、天井をも貫くような火影のカミナリだった。

 

 

 

END

2001/04/21
ブラン*

約15000HIT(適当すぎ)で河井武士さまに押しつけました〜。リクは「暫く会えなくてちょっと不安になったカカシ先生とサスケ君」だったのですが・・・、これは二次試験真っ最中でWJにカカシ先生が全く出てこなかったときにいただいたリクなのでした。あれからいったい何ヶ月たったと・・・。ぎゃ・・・!!・・・もしかすると、忘れてらっしゃるのでは・・・。(蒼白)
わーん、遅くなりまして、ほんとにすみません〜!!そのうえバカみたいに長いです・・・。
しかも、これはカカサスなんですか・・・?(←カカサスです!) すごいすれ違ってますね!サスケばかりに愛を込めていてすみません!他はすべて踏み台です。そういえばカカシもいいとこなしですね・・・。こんなものを贈りつけてもいいものなのでしょうか・・・?(聞くな) あう。
か、河井さま、リクエストありがとうございました〜!!どうもすみません〜!!ひー!!(書き逃げ!) 

 

 

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