Cage
「おい、カカシ」
「――んあ?」
呼ばれて答えた自分の声で目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
窓ガラス越しの午後の光は暖かく床を切り取って、昼寝をしなくては絶対損をすると思わせるくらい魅力的だった。そこに吸い寄せられるように身を投げ出して、こんなところに寝てたら狙い打ちだなとぼんやり思ったことは覚えている。が、あとは服が吸収した穏やかな熱には勝てなかったようだ。
まあ、何があるわけでもなし、思わずうとうとしてしまったとしてもしょうがないだろう。それにしても変なところを見られたなあ、とやや気恥ずかしい気持ちで体を起こすと、そこには誰もいなかった。
(・・・あれ?)
寝起きの頭は少し混乱しかけたが、それも一瞬のことだった。
――夢か。
よく考えてみなくても、眠る前からこの部屋には自分しかいなかったのだ。
それに、いくら眠っているとはいえ、忍びである自分のこの部屋にそんなに簡単に侵入できる人間はそういない。誰もいないのは当たり前だった。まあ、それはいいとして。
・・・やけにリアルな声だった。本当に聞こえてきたみたいに耳の奥に余韻が残っている。そのふわあんとしたものは、なんとなく、しばらくは取れそうもない感じだ。
どんな夢を見ていたのかは全然思い出せないというのに。頭の中で、さきほど聞いたと思った声をもう一度再生させる。
「おい、カカシ」、
・・・だって。
これはサスケだ。
まるきり子どもなわけでも、かといって大人でもない、サスケの。ぶっきらぼうな。「おい、」も、呼び捨てな「カカシ」も、年長者である人間に対する態度とは到底思えない。
年長であるだけではない、自分は忍者社会のヒエラルキーの上位である上忍だし、上司だし、指導者でもある。サスケはその逆だ。立場が全く違う。
が、不思議と別に嫌だと思ったこともない。というより、気にならない。それでもこう鮮明に思い出せるということはどこかしら意識に引っかかるものがあったのかもしれないな、などと暇にまかせてまた思い出してみる。
おい、カカシ。
おい、カカシ、
おい、またかよ、だらしねえな・・・、
あんたそれでも上忍か、うさんくせぇ、また遅刻かよ、目覚し時計持ってないのか、じゃあオレが起こして・・・、・・・ちょっとまて、こんなことは言われていない。
・・・まだどうも頭が昼寝の余韻を引きずっているようだ。なんだか妙な具合になってきた。まずは何か飲んでからにしようとカカシが立ち上がると同時に、どんどんと音がした。
玄関に来客らしい。
呼び鈴はここに越してきた時にもうすでに壊れていたが、静かでいいとずっとそのままにしてある。・・・訪問者陣には概ね不評だ。誰何すると、しばらく間が開いたあと、「あんたに荷物を預かってきた」とぶっきらぼうな声がした。
――何のめぐり合わせだというのだろう。サスケだ。
サスケが預かってきた荷物というのは、昨日の任務の依頼人からの差し入れだった。
聞くと「アカデミーで渡された」と言う。7班の他のメンバーにもついでに届けてくれと頼まれて、サクラのところには今寄ってきたそうだ。(・・・同じだ)
さっき目が覚める間際に聞いたのは、やはりサスケの声だった。言っていることは違うが、ぶっきらぼうな響きと必要最小限しか言わない簡潔な印象が、夢と本物と、全く同じだった。
・・・・・・・・・。
なぜだか少し、感動した・・・。
何に感動したというのか、突きつめてみようとするとその正体は少しぼやけている。が、依然体はじわじわと広がる喜びを感じていた。いったい何だというのだろう。突然訪れた感情にひとり勝手に驚きつつ、突き出された紙袋をカカシが受け取る。
サスケは手ぶらになって、両手をポケットに入れた。そのまま戸口から一歩離れる。ちょっと待て、ナルトの分がないのはいいとして(サスケにこの荷物を託した人物が誰なのかは、だいたい見当がつく)、サスケ自身の分はどうしたのだろうか。「お前のは?」
「もう食った」・・・聞き方も簡単だが答え方も実に簡単だ。
疑問が解けたからそれはそれで別に構わないのだが、それでもいつ〜とかどこで〜とか誰と〜とか、多少のディテールを加えてくれてもいいような気がする。
勝手なことだ。さっきはその簡潔さに感動したというのに。
――いや、正確にいうと簡潔だから感動したというわけでもないような気がするが、それは今考えても分からなそうだから置いておく・・・。
とりあえず、やっぱりもう少ししゃべってほしい。「何だった?」
「菓子」まただ。
「うまかった?」
言ってからすぐに気づいた。これは失敗だった。
サスケは一言も発せずに軽くうなずくと、これで用事は済んだだろうとばかりに踵を返した。「・・・じゃあな」
(じゃあな、ってそれもずいぶん簡単じゃ・・・)
思わず手を伸ばしたが、サスケは両手をポケットに入れてしまっていた。
腕を取るのはなぜか躊躇われて、ちょうど指のすぐ先にあった袖を掴んだ。
くん、とひっぱられてサスケが顔だけ振り向いてつままれたそこを見る。視線はそのまま掴んだ腕を伝うようにして、カカシの顔に向けられた。ちょっと・・・ムッとしているように見える。
いや、ふだんからこういう顔だったか。
カカシはどうするあてもなかったため訪れた空白に一瞬戸惑って・・・、それでも、ちょうどお茶を淹れるところだったからとかなんとか、どうでもいい理由をつけてサスケを玄関の中に引っぱりこんだ。サスケは、やはりと言うべきかいきなり何だと抵抗したが、特に断る理由もなし、暴れたところで余計な労力を使うだけだと判断したのか、靴は自分から脱いだ。
言った通りにお茶を淹れてカカシが部屋に戻ると、サスケは先ほどカカシが寝ていた陽だまりに座っていた。サスケもここの魅力には抗えなかったのだろう。この部屋に入る直前までは不機嫌そうだったが、今はそうでもなさそうだ。諦めがついたというところだろうか。
玄関で立ち話をしていたこの短時間にも太陽は移動して、日が当たっている部分の面積が微妙に変わっている。そこに動かないサスケの影。サスケは何かに耳を澄ますようにじっと目をつむっている。相変わらず整った横顔だ。静かにしているとその容貌のよさが際立つ。
さらに、日を浴びて、サスケの周りが心なしかきらきらして見える・・・、と思ったらほこりに日光が反射して本当にきらきらしているのだった。「・・・お待たせ〜」
日光が当たっている四角形の外から声をかけると、返事の代わりにサスケの閉じた瞼がぴくりと動いた。それから眩しそうに目を開ける。――板張りの床に光が反射するのだ。
こちらを見上げるサスケの目は眩しいのか開ききっておらず、なんとなく眠そうにも見えた。
いや、実際眠いのかもしれない。日光がじわじわと顔を温める感触は、なぜか生き物を強烈に眠りに誘う作用がある。「眠くなるだろ」
言いながら、差し入れで貰ったシュークリームの1つをサスケに手渡す。サスケは珍しく素直にうなずくとそれを口に運んだ。半眼のまま機械的に口を動かしはじめる。
(うわーほんとに眠そー・・・)
サスケの斜め前、窓の正面に腰を下ろしながら、カカシも自分の分をかじった。
甘いものが苦手だというわけでもないが、その甘さに一瞬後悔を感じる。
しかしそれよりも日光の眩しさに気をとられる。
顔の正面に光を受けて、眩しさに目がちゃんと開かない。自然、カカシも半眼のままもぐもぐと口だけ動かす形になる。――サスケに言えば「あんたはいつもそんなだ」とでも言われただろうが、黙っていたので何も言われずに済んだ――
そのうちに温められた瞼が重くなってきてしまった。こうなると眩しいのか眠いのか、自分でもよくわからない。――眠くなる術でもかかっているんだろうか。
なんだか妙な感じだ。だが、他人がそう簡単にこの家に術をかけることができるほど、ぼんやりしているつもりはなかった。
だいたい、そんな暇なことを考える忍がいるほど、この里は人手が余っているわけではない。
思いついたとしてもメリットがない。――これでは動きを止めるにしては不確実だ。寝込みを襲うにしても、こちらの目が覚めてしまったら同じことだ。貴重なチャクラを使ってそんな術をかけるくらいなら、自分だったとしてももっと確実な手を使う。そうだ、手っ取り早く――、
「おい」
ふいにサスケに声をかけられて、顔には出なかったと思うが少し驚いた。
少し慌てて手元を見ると、これも態度には出なかったと思うが・・・、半分ほどかじったシュークリームから黄色いクリームが落ちそうになっている。
・・・そういえば差し入れを食べている途中だったのだ。考えに取り留めがなくなるなんて、やはり相当眠いようだ。ひとりだったらおそらくもう眠っているだろう。
サスケを見ると、シュークリームは食べ終わったのか湯飲みを大事そうに持っていた。が、口元に持っていったあたりで手は止まってしまったらしい。微妙に口を開けたまま、落ち着かなそうにこちらを見ている。目つきは怪訝そうで、今は眠そうには見えない。
――眠気はとれてしまったのか。残念残念。(・・・ん?)
・・・そうだ、メリットはないとも言い切れない。
術にかけて眠ったら、眠ったところをすかさず写真に撮るのだ。出来上がった写真にまぬけな落書きでもして知人連中に配ってやれば、嫌がらせとしては成功かもしれない。実害がない分、純粋に嫌だ。
――いや、そんなことじゃなくて。
ああ、マニアになら売れるかもしれない。自分の寝顔写真を買う人間がいたとして、それがどんなマニアなのかは想像したくもないが。
待て、サスケのなら確実に買い手がいる!サクラあたりを仲買人にしたらちょっとした市場が、いいや、待て待て、脱線している。そんなことを思いついたのではない。
何だったろうとじっとしていると、さっきほんの一瞬脳裏をかすめただけでそのまま通り過ぎてしまった考えは、奇跡的にまた戻ってきてくれた。
・・・そうだ、もっとロマンチックなことだった。日の光で満たされた、透明な水槽。
言うなれば、(光の檻・・・)
ここはそんな感じだ。
日光とそれが当たらない部分とに分断された、閉じられた空間。
壁も何もあるわけではないのに、なぜか閉じこめられているような感覚がある。
きっと感覚が鋭敏になっているのだろう。意識はいまだに重く眠りに絡め捕られそうだというのに、感覚だけが鋭く明暗と寒暖の差を感じとっている。ここと部屋の他の部分とは違うと、肌に訴えてくる。
無意識のうちに働く異常な知覚。今、もしはっきりと目を開けることができれば、体の上に降りかかる光の筋の1本1本さえ見えそうな気がする。
それが2人を閉じ込める檻だ。・・・2人っきりで閉じ込められて抜け出せないなんて、それも理想の形の1つではないか?
カカシはのんきにそんなことを思う。
自分とは無関係だという意識がどこかにずっとあるからこそ、それもいいなと少しうらやましいような気持ちにもなった。
今ここにいるサスケは、それにつきあってくれるだろうか。(・・・絶対いやだと言うだろう)
そこでやっぱり変な方向に考えが進んでいることに気づいて、カカシはマスクの下で苦笑した。
しかもロマンチックというだけでは飽き足らない、相当な少女趣味だ。
いや、少女趣味を通り越して、やや危ないような気がする。太陽の光とシュークリームとお茶で酔っ払えるなんて、オレも不健全になったものだ。
そんなことをしみじみと思いながら残りを食べてしまおうと口を開ける。が、そのもう一口を口に運ぶ前に再び手が止まった。
――できないことでもない。
その気になれば結界を張るなり術をかけるなりして、閉じ込めることはできる。
その場合は自分で閉じ込めることになるが、閉じ込めようと閉じ込められようと相手がいるなら大差はない。そして閉じ込めておくだけでは逃げられるから、眠らせて、ずっと自分だけの夢を見させよう。ただひたすら自分の夢を・・・。そこまで思ったところで、心の中のなけなしの検閲機能が働いた。
・・・なんてバカな考えだろう。独占したいとか、支配したいとか、そんなことは無理なのに。
でも本当に閉じ込めたいと思った人間がいたとしたら・・・、切羽詰ったその思いの切実さは胸を締める。身勝手だし愚かだだが、何の加減か人のそんな気持ちが愛しくて切なくなるのだ。
自分のどこかにもやはりそんな部分があって、無意識にそれを懐かしいと感じたりするせいだろうか。だが、やはり、自分がそんなことをするとは思えなかった。
体ばかり閉じ込めたってどうしようもない。どうせ閉じ込めるならば、その心を――。
(だから、あいつは・・・)
不意に脳裏にある男の顔が浮かんで、急激に気分が悪くなった。
わかりたくもないあの男の気持ちが、少しだけわかってしまったような気がしたからだ。
くそ、それでサスケは――
「あんた・・・大丈夫か」
はっと気づくと、あぐらをかいた足の上にとうとうクリームが落ちていた。
「・・・あーあーあー」
もったいない、落ちる前に教えてよとカカシが続けると、サスケは怒ったような顔をしてボックスティッシュを箱ごと投げてよこした。それは鋭くカカシの顔めがけて飛んできて、もやもやした思いでいっぱいになった頭は一瞬にしてクリアになった。
カカシは、それでも動作はのろのろと、ズボンについた、ほとんどが落ちてしまったのではないかと思わせるくらいの量のクリームを拭き取る。それを少し呆然と眺めながら、サスケが言う。
「・・・なんで自分で気づかねーんだ」
落ちた時ボタって音したぞ。・・・子どもじゃあるまいし、食いながら寝てんなよ。
淡々と続けられる抑揚の少ないサスケの声。日光に溶かされて、言ってる内容はともかく、なんだか柔らかい響きになっている。
・・・その声を聞いていると、また変なことを考えそうだ。カカシは残りの皮を口の中に入れると、その甘さに眉をしかめながら倒れるようにして横になった。途端、急激な眠気が頭と体を支配する。
それがなぜだか気持ちを落ち着けた。
無理して起きて妙なことを考えるくらいなら、もっと早くこうやっていればよかった。
そうだ、眠る前にサスケを帰してやらなきゃ・・。目を閉じると頭の輪郭がぼやける感じがした。
「客が来てるのに寝るかよ、ふつー・・・」
サスケの呆れたような声が、少し遠くから聞こえてくるような気がする。
そのあと本気でついたらしいため息が聞こえてきて、それがこめかみのあたりをくすぐったく温めた。
笑いを噛み殺して、いよいよ眠ってしまいそうだ、と思う。
「おい・・・」
「カカシ」 さっき夢の中で聞いたように、そう聞こえた。
瞬間、囚われていたのは自分だと急に悟ったような気分になったが、その根拠をすぐに探すことはできず、形も色もはっきりしない曖昧な確信だけがじわりと胸に広がった。
END
2001/10/30
ブラン*18000HITで白銀葵樹さまにリクしていただいた「ほのぼのした春のお昼時のような幸せな2人」でした〜! って、これのどこが・・・!!でも、お昼寝とか、ともいただいたので、それにぎりぎりひっかかるかと・・・、思ったりなんかしてみたり・・・。あああ。小指の先でかろうじてひっかかってる感じです。(落ちそう)
それにしても変な話で・・・。遭難寸前・・・、というか、すでに遭難しています。
書いた自分でさえいったいどこに向かっているのかさっぱりわかりません。書く前はちゃんとわかっているつもりが・・・、迷走し続けてまたしても無駄に長くなってしまいました。はああ!!
そして、とっても大変お待たせいたしました!冗談でなくお忘れかもしれません・・・!どうもすみません!!
し、白銀さん、リクエストどうもありがとうございました!! ほんとにほんとにすみません〜!!