――― コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス ―――
だいぶ昔から、呪文のように唱えている言葉。
本来の生々しい情感を持った意味はすでに薄れ、それでも繰り返し唱えつづける。
唱えているうちにふつふつと沸きあがってくる思い。
・・・今の自分を支えているもの。
その核は、憎悪と決意。
その対象として思い浮かべるのは、自分からすべてを奪っていった男。
父も、母も、家も、一族も、夢も、希望も、ことごとく。
拠り所となるもの、すべてを。
日々の生活の中で、不意に心が空白に落ちこんでしまうことがある。
そんなときに感じる寂しさ、虚しさ。
何のために自分は生きているのだろうか・・・?
しかし、たとえ、幸せそうなほかの人々がうらやましくて、自分も人のぬくもりを求めていたとしても、そんなことは絶対に認めない。
認めたら、その時点で負けだから。
支えなど欲しくない。
ぬくもりなど必要としていない。
そんなものは自分を弱くするだけ。
だから、誰の手も借りない。
誰も頼らない。
そして、決して認めはしないけど、一度でも温かな手に触れたら、二度と立ち上がれなくなるような予感がどこかにあって。
でも、そんな予感は、気のせいだ。
どこか、目に付かない場所にさっさと追い払う。
怖いのは、孤独を恐れて、動けなくなってしまうこと。
そして、ぬくもりを再び失ったときに感じるであろう、絶望。
過去に、すべてを失ったときに感じた、自分を覆い尽くす絶望感。
もう、あんな思いは二度としない。
だから、失いたくないものは、作らない。
気持ちが揺らいでいるのを感じる。
こんなふうに、何の役にも立たない迷いが訪れたとき、そんなときは自分だけの言葉を唱える。
アイツを殺す・・・。
――― コロス、コロス、コロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス・・・ ―――
頭の中がその言葉でいっぱいになると、揺らぐ気持ちは消えて、憎しみがつのるのと同時に、心が落ち着くのを感じる。
余計なことを考えている時間はない。
呼吸を整えて、さらにお腹の中に落とす。
自分は弱くてはいけない。
早く強くならなければいけない。
1日でも早く。
そしてアイツを殺すのだ。
余計なことに気を取られるな。
アイツを殺すまでは、ほかのことは考えてはいけない。
自分はそのために、生きているのだから。
自分の存在理由を再確認して、そうして心にいちおうの平穏を取り戻すと、さらに自分を叱咤する。
心が揺れるなんて、まだまだ鍛え方が足りない。
こんなことじゃアイツを殺せない。
自分が存在している理由。
それを忘れるな。
アイツを、殺してやる。
それだけ。
+++
任務が終わってほっと一息ついていると、サスケがうつろな顔をしているのに気がつく。
しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐにいつもの厳しい表情に戻った。
サスケはときどきあんな顔をする。
ほんの一瞬だけ、表情のない、暗い目をしていることがある。
ふだんは見せない、生気のないうつろな顔。
いつもの表情に戻るときに、最初にわずかにつらそうな顔をする。
眉をぎゅっと寄せて、唇をかんで。
その表情から目が離せない。
サスケはオレが表情の変化に気づいているなんて思っていない。
オレも気づいているなんて思わせない。
それはルール違反のような気がするから。
それでも気にかかってしまうのだ。
何を思ってそんな顔をするのか。
・・・でも、聞かなくてもほんとはわかっている。
おそらくは一族のこと、あるいは、あの男のこと。
こうしてオレたちと一緒に過ごしてはいても、心はここにない。
あの男を殺すために生きているサスケ。
あの男以外のほかのことすべては、サスケにとってどうでもいいことに違いないから。
血を吐くほど訓練をする。
飽くことなく術書を読む。
一心不乱にくないを研ぐ。
それらサスケの生活のすべて。
忍者として、1歩でも先に進もうという、文字通り血の滲む努力は、全部あの男のために。
アイツは、サスケが自分のことだけを考えていることをわかっていて、どこかでほくそえんでいるのだろう。
自分の死刑執行人が、成長するのを待って。
心を悦びに震わせながら。
自分のことだけを考えさせて、心を縛って。
それが憎悪であったとしても、サスケの心には自分だけしかいないという状態で。
それはどのような愉悦を感じさせるのだろう。
もう何年も、サスケはあの男を殺すことだけを考えて生きている。
まだ成長するまでもう少しかかる。
それまでの間、自分のことだけを考えさせて、自分はじっと夢見ながら死刑執行のそのときを待つ。
あの男が殺される瞬間に感じるのは、いったいどんな気持ちだろうか。
自分の血でサスケが染まるのを見て。
きっと悦びに打ち震えるのだろう。
そして、サスケの心に、また、消えない傷を刻み込む。
そんなこともわかったうえで。
きっと。
・・・オレは、それらを見ているだけ。
+++
「なぁ、サスケ・・・」
サスケは何だ、という顔をして、カカシを見る。
「今何か考えてたろ?」
「・・・別に」
「お腹減ったな〜、って思わなかった?」
サスケはふうとため息をついた。
「ばっかか、アンタ」
あ、その言い方。かわいくな〜い。
マスクの下で、口を尖らせる。
ねえ、少しでもオレを見てよ。
何か役に立てるかもしれないから。
そんな筋合い、ないことはわかってる。
それを望んでいないことも十分承知しているけれど、ただ見ているだけなんて、胸がちくちくするんだよ。
だから。
糸口はどこ?
「おわびになんかおごってよ」
「部下にたかるか、フツー・・・」
どうしてオレに構うんだ。
のほほんとした顔で、いつも何を考えているかわからない。
一緒にいると胸が苦しくなることがあって、それがイヤなんだ。
さっきみたいに、うっかり余計なことを考えるから。
何で構ってくるんだよ。
全然、わからない。
そうして、気持ちがすこし揺らぐのを感じて、またあの呪文・・・。