それは、いつもの夕方の帰り道。
いつもよりなんとなく騒がしい夕暮れ。
ときおり、子どもたちがきゃーと笑いながらばたばたと足音をたてて駆けてゆく。
サスケがカカシから10歩ほど後を、離れて歩いている。
そしてカカシはときどき背中にサスケの視線が刺さっているのを感じる。
なにか悪いことしたっけ?
そのサスケの足音から、たまに何かを迷っているような気配が伝わってくる。
言いたいことがあるなら言ってくれればいいのに。
しかしこちらから聞き出すというのもなんとなく気が引けて、なんだろうとは思いながらも、カカシはさっきからずっとそのまま歩き続けている。
今日は任務が早めに終わって、いつもより少し時間を多く取って訓練をして、現地解散をした。
サスケも、ナルトやサクラと同じように一度は別れたのに、またなぜか後ろを歩いている。
目で確認したわけではないが、毎日感じている気配だから、少し後ろを歩き始めた時にすぐわかった。
なんで何も言わないでついてくるのだろう。
なんで睨みつけているんだろう。
やっぱりなにかしたのかも、と今日1日の記憶を掘り起こす。
しかしいつもとほとんど変わらない1日で、ナルトやサクラがいつもより少しじゃれついてくることが多かったような気がするが、サスケに関して思い当たるようなことは何もなかった。
顎に手を添え、もう片方の手をその肘を掴み、首をひねって、いかにも考えてますというポーズをとりながら、カカシは歩く。
その、背を丸めて歩くカカシの後姿を見ながら、サスケはちっと舌打ちをする。
あの、いかにも考えてますというポーズはなんだ。
オレだって別に好きでついてきたわけじゃない。
訓練が終わって解散した後、そのまましばらく1人で体を動かした。
だからカカシなんかとっくに家に帰り着いているものと思っていたのに、街にさしかかった人込みの中、遥か前方に銀髪の黒っぽい姿が見えたのには少し驚いた。
「アイツだ・・・」
どうして気づいてしまったのだろう。あんなに遠くにいるのに。
ちっと舌打ちをしてどうしようかと悩んで、結局は後ろをついていくことになった。
あのウスラトンカチ。バカ面をさらしてうろうろしていないで、さっさと家に帰ればいいものを。
しかし、さっさと帰ればいいのは自分も同じだ。
なんでこうして何も言わずに後ろを歩いているのだろう。
やっぱり放っておいて帰るか。
それにしても、あいつだってこちらには気づいているはずなのに、なんで何も言わないんだ。
アホ上忍め・・・。
アホ上忍、が伝わったのではないかというタイミングでカカシが振り向いた。
そのまま何も言わないで近づいてくる。
サスケは一瞬心の中で身構えたが、カカシがあまりにもふつうになんでもなくそばに来たので、つられて警戒を解く。
カカシはそんなサスケの頭をくしゃくしゃとかきまわすと、「そんなに熱く見つめないでくれる?」と冗談めかして言った。
結局サスケがどうしてついてきているのかも、どうしてそんなに睨まれるのかも、カカシには分からなかった。
このまま帰ってしまってもよかったけれど、家に着くころにはサスケが何を言いたいのかはっきりさせないうちにいなくなってしまうような気がして、諦めて本人に聞くことにした。
ちょうど人も疎らになってきたことだし。
「バッ・・・」
頭をかきまわす手を払いのけながら、サスケはバカと言いかけて、やめた。
勝手に余裕を見せやがって。
バカはバカだしむかつくが、ここではほかに言うべき言葉があるだろう。
「う、」
言いかけて、でも少しためらう。
「う?」
「ウンコヤロー・・・」
は?
何を言ったのかわからない、という顔でカカシがサスケの顔を見つめる。
「え?」
サスケは自分が言ったにもかかわらず、顔を赤くしてさっきよりも少し大声で言った。
「ウンコ、っつったんだよ!ウスラトンカチ!」
ウンコなのか、ウスラトンカチなのか。
いったいサスケは何を言おうとしているのか。
やはりわけがわからず、カカシは黙って赤くなったサスケの顔を見つめていたが、ふいに合点が言ったように「ああ」と言った。
「トイレ?うちの使う?ってこと?」
途端、間髪入れずに殴りかかってきたサスケの拳をやんわりと受け止め、ぐぐっと押し返しながらカカシがサスケの顔を覗きこむ。
「なーに、もー」
「いい加減に気づけ!」
サスケは低く怒鳴ると、握られていた手を振りほどいて、カカシの背にまわした。
そして、背伸びをして、抱きつくようにして背中を撫でたかと思うと、すぐに離れた。
突然サスケに抱きつかれて驚いたカカシは、いったい何が起こったのかと、片方だけ見えている目をぱちくりさせる。
そしてすぐ、どういう反応を取ったらいいのか分からずに突っ立っていたカカシに、突きつけられた1枚の紙。
それには汚い字で大きく、
ウンコ
と書かれていた。
余白の部分にはご丁寧にとぐろを巻いたソレの絵が描かれている。
「・・・何これ」
「見りゃ分かるだろ」
「ウンコ・・・?」
オレ?と指差すと、
「どうやらそうらしいな」と、サスケはにやりと笑った。
その顔を見てから、突きつけられた紙を手にとって眺める。
この汚い字はナルトのものだ。
ああ、なるほど。紙を持っていなかったら手のひらを拳でぽんと叩きたい気持ちだ。
子どもたちがいやに騒がしかったのも、これを見たからに違いない。オレの背中の・・・、この・・・。
それにしても、いつの間に。
そういえばナルトもサクラも、今日はいつもより懐いてきていたようだったし。きっとチャンスをうかがっていたのだろう。
成長したね、こいつらも。
そして、素直にオレに教えることも出来ずに、かといって放っておくことも出来ないサスケって・・・。
「・・・あんたほんとに気づかなかったのか」
じっと紙を見つめているカカシに、サスケが呆れているのを隠そうともしない口調で言った。
「上忍をなめるなよ」
くくく、とカカシの肩が揺れる。紙で隠されてサスケからは顔が見えない。
「・・・気づいてなかったんだろ」
それには答えずに、カカシは両手を広げ肩をすくめて、ため息をはいてみせた。
「ま。あれだね、こちらからもお返しっていうか、ご褒美をあげないとね」
「オレは関係ない」
それを聞いてカカシがにっこりわらった。
黙ってるのも立派な共犯
と、その目は言っているように見えた。
面倒くさいことになった、とサスケはカカシについてきたことを後悔した。
やっぱり教えてやるんじゃなかった。あのまま放っておいたらよかったんだ。
それか、気づかれないうちにあのばかげた紙をさっさと剥いで、何事もなかったことにできればよかったのに。
でも、もう一度同じ状況になったとしても、なんとなく自分が同じ行動をとるような気がした。
自分の(仮にも)上司がアホだと知らしめるようなことを放っておくことはたぶん出来ないし、こいつに気づかれないうちに剥ぐというのはさらに至難の業だ。
背後をとったうえに背中の紙を気づかれないように剥がすなんて無駄に疲れそうだし、何気なくを装ったとしてもこいつにはばれる気がするし。
・・・今だって、後ろにまわれるような隙はなかった。だからああして不意をついて抱きつくしか・・・。ちょっとそのことにむっとして、ほんの少し眉をしかめる。
それにしたって、変わり身の術を使われたら結局失敗だったのだ。
黙ってしまったサスケを見て、カカシが「まあいいや」と紙を折りたたんでポケットにしまった。
「トイレはいいとして、うち、寄ってく?」
サスケは首を横に振る。
今二人きりになるのはなんとなく危険だと、頭のどこかが警鐘を鳴らしている。
本当は今すぐ背中を向けてさっさと帰りたいところだが、今はそうするのも危険に思われた。
じゃあ気をつけて帰りなさいね、と、振り払う手をお構いなしにサスケの頭をぽんぽんと撫でてから、カカシが歩き始めた。
その背中に紙が貼られていないのを確認して、なぜかほっと息をつく。
猫背気味の背中が路地を曲がっていくのを見送って、サスケはやっと帰路についた。
・・・それにしても。
あいつはあれでほんとに上忍なのか。
しかし、一日の疲れを洗い流そうと上着を脱いで、サスケはこれが上忍かと心の中で呟くことになった。
うちわのマークの代わりにサスケの目に入ったのは、どこか人を馬鹿にしたような手足のついたへのへのもへじと、”忍者は裏の裏を読むべし”とさんざん聞かされた言葉。
サスケはフンと鼻を鳴らしてその紙を剥ぐと、丸めてごみ箱に捨てた。
その口元には不敵な笑み。・・・なるほどね。
しかし、その一方で激しく脱力感を感じてもいたのだが。
翌日の任務中、ナルトとサクラの背中に他愛もない言葉の書かれた紙がいつの間にか貼られているのを発見して、サスケはまた体の力が抜けるのを感じることになる。
ウスラトンカチが3人・・・。
しかし、そのサスケの背中にも、また1枚。
それからしばらく、カカシ率いる第7班はここのところ緊張感が漂っていて良いと、事情を知らぬ火影からお褒めの言葉をいただくのだった。
「ははは、よかったな、サスケ」
「オレじゃなくて、ナルトに言えー!」
最初に紙を貼ったのはナルトであるにもかかわらず、なぜか集中的に狙われるのはサスケであった。
「ふざけんな!!」
「まあまあ、怒らない怒らないv 」
「・・・チィ」
結局一方的にペースを崩されるのは自分だということに思い至り、望んだわけではないけれどそれをしょうがないと慣れつつある自分もいることに気が付いて、サスケはまた苦々しく舌打ちをするのだった。
END