やわらかな瞼に

 



任務を終えた、帰り道。
足場の悪い山道を歩きながらのこと。

 

「っつ」
何かが目に入った。

左側の目を押さえてサスケが立ち止まった。
何か大きいものが飛び込んできて、目の中にごろごろとした異物感がある。
何なのかはわからないが、気持ち悪くて、痛い。
そのまま歩けないわけではなかったが、それで転んだりしたら無様なので、とりあえずさっさと目の中のゴミを取ってしまおうと思う。

「どうした?」
もう少しで林をぬける位置にいた上忍が、後ろの足音が止まったことに気づいて振りかえる。
見るとサスケはうつむいて、指先で左目のあたりをしきりに撫でたり触ったりしている。
「目、どうかしたのか?」

「別に」
こんなことは気づかれないうちに何とかしようと思ったのだが、目の中の異物はなかなかでていってくれない。
だんだん痛みが強くなっているような気がして、サスケはいまいましげに舌打ちをする。
しかたがないので、目をごしごしとこすりかけて。

「ゴミ?あー、だめだめ、こすっちゃー」
カカシがちょっと見せて、と言いながらサスケに近づく。
サスケはそれを手で制して、大丈夫だ、と言いながらまた歩き出す。
こんなこと、気にしてもらうつもりは全くない。
しかし片目を瞑った状態で、しかもどうしても目に気を取られるため、足元が少しおぼつかない。
カカシの脇を通りすぎる間に、2・3回くらい木の根や石に足を取られた。

「ほらもー、やっぱり見せて」
足場のいいとはいえない道をよろよろと歩く姿は、危なっかしくて見てられない。

「いいっつーの」
大丈夫だと言ってるのに、全くこのおせっかい。

カカシが近づくと、その分サスケがあとずさる。

手がかかるなあ、ほんとに。

「いいから」
少し強い口調でいい、一瞬でサスケの前まで移動する。
サスケに対しては、こちらが躊躇していてはダメだということが最近わかりかけてきた。
機嫌を損ねないようにと、顔色をうかがいながら近づくと、無視されるか逃げられる。
かと言って、サスケのテリトリーを侵すようにずかずかと土足で立ち入るような一方的な近寄り方も、逃げられるか、手痛いしっぺ返しを食らう。
でも、ことカカシに関しては、何だかんだと言いながら、カカシがこうと言いきればしぶしぶであってもおとなしく聞き入れるのが常だったが。

こうして今も、とりあえず逃げることなく、イヤそうではあるがカカシの顔を見つめている。

しかし、カカシが目を覗きこもうとすると、サスケがぱっと顔をうつむかせた。
「あれ、サスケ?」
呼んでもサスケは顔をあげようとしない。

ちくしょー、なんなんだ。
間近にあるカカシの顔。
顔が近づいてきたら、自分でも予想しなかったことに、どきっと心臓がはねてしまった。
そのついでに顔がカーっと熱くなったのを感じる。
こんな至近距離、とても耐えられそうにない。
ふだん人と距離をおくようにしていたから、こんなことには免疫がないのだ。
こんな時にどういう態度でどういう顔をしていると適当なのか、と考えてみるが、目の前のカカシのせいで考えがちっともまとまろうとしない。
ただ、どぎまぎしている。
このオレともあろうものが。
睨み合うほうがまだましだ。

そんなことを考えて、やっと、「やっぱいい」と声を出す。

カカシはふうとため息を一つつくと、
「そんなにいやなら、しょうがないね」と言った。
これはカカシの手。
逃げようとしているところでこちらが1歩引けば、その分サスケ自身で逃げ場を狭めるようなことをするのを知っていて。

少し卑怯かもしれないけれど、目のことが本当に気にかかるから。

「別にいやだとは言ってないだろ」
いや、というよりはどうしていいのかわからなかっただけなので、心外だ。
少しむっとして言う。
これがカカシの作戦とは知らずに。

「じゃあ見せてよ」

「なんでそんなに見たがるんだよ」
へんなやつ。

「なんでそんなに見せたくないわけ」
意地っ張り。

しばらく片目同士で睨み合ってから、サスケが折れた。
なにも言わずに、左目に当てていた手を下ろす。

「どれどれ」
そう言いながら、カカシはサスケを仰向かせる。
今度は逃げようとせず、サスケはカカシの手に素直に従った。
しかし、肝心の目はぎゅっと閉じられていて、睫毛の下から涙がこぼれる。
「ちょっと・・・これじゃわからない」
「しかたないだろ、痛いんだから」

でもこれじゃあねぇ、とカカシはなにか考えるそぶりを見せてから、おもむろにサスケの顔を両手で掴んだ。
顔をがっちりと固定すると、右手の親指と人差し指でサスケの目をこじ開けようとする。

サスケは顔を掴まれて驚き、指が下まぶたと上まぶたに当たった感触にまた驚いた。
「いてぇって、バカ!」
「だから今取ってあげるんでしょ」
「違ーう、あんたの指!」
さらに閉じるまぶたに力がこもり、ゴミの入った左目だけでなく、はずみで右目もぎゅっと閉じる。
左目からは、ときどき涙がすうっと出てきて、頬を伝う。
サスケの両手はカカシの両手首を掴んで、力いっぱい引き剥がそうとした。
もちろん離すことはできないけれど。

「ほら、怖くないから・・・」
「怖がってるわけじゃねぇ〜!」

なんとか逃れようとサスケの体が前かがみになるのを、カカシは強引に仰向かせて、細心の注意を払いながらもとうとうまぶたをこじ開けた。
そこまでして、やっと抵抗しても無駄と悟ったサスケは、諦めて体から少し力を抜く。
両手は相変わらずカカシの手首を掴んでいたけれど。

そして、またの至近距離に耐えられず、少しでも動揺を少なくしようと右目を瞑ったまま。
視線はどこかへとはずして。

カカシはサスケの目の中を覗きこむと、目の中に小指の先ほどの羽虫がいるのを見つけた。
見つけたものの、指で取ろうとすると爪で眼球をいためてしまうおそれがある。
まぶたを固定した指はそのままに、もう片方の手でマスクを少しずらすと、サスケが訝しく思わないうちに、狙いを定めてすばやく舌でゴミを舐め取った。

カカシの舌には、サスケの睫毛と、つるんとした眼球の感触。

「うわっ」
サスケは、急にカカシの口が近づいてきてそれだけでも思わず息が止まるほど驚いたが、その口が開いたかと思ったら一瞬視界が暗くなったのにもものすごく驚いた。
そして、目のあたりの濡れた感触に、また驚く。
なんども驚いて、胸がバクバクする。
いくらなんでも、これは心臓に悪すぎる。

「ほら、取れた」
カカシはのんきに舌を出して見せるが、サスケにはそんなもの見てる心の余裕はとりあえずない。
人の目なんか舐めるか、ふつう!
いったい、このバカはどういうつもりで・・・。

一刻も早く離れたいのに、カカシはまだ顔を離してはくれない。
まばたきの合間に、目の中を確かめているようだ。
まぶたに当てていた指ははずしたが、顔を掴んだ手はそのままで。
さっきまでの目の痛みはなくなったが、まぶたに濡れている感じがある。
カカシの息が時折届いたり、少し空気が移動したりすると、そこだけがひんやりとした。
驚きで早くなっていた鼓動は、衝撃が薄れても落ち着くことはなく、相変わらず激しく耳元で鳴りつづけている。
顔も体も熱い。

カカシはそんなサスケの動揺を知らぬげに、不意に手を離すと、舌についた虫をぺっぺっと吐き飛ばした。
そしてまたマスクを元に戻すと、体を硬直させているサスケを見て、
「あんな虫が目に入るなんて、けっこう鈍いね〜。サスケくん」
とやや揶揄するような口調で言った。

その言葉に、サスケはなんとか己を取り戻すきっかけを見つけ、フンと鼻を鳴らして歩き出す。

「どーも」
吐き捨てるように言うと、まだ赤い顔のまま目をこすりながら、カカシの脇をすり抜けて行ってしまった。

カカシはその姿をしばらく目で追って、はあとため息を一つ吐いてから歩き出した。
・・・まったく、どうしたものかねぇ。

サスケが自分の手の中で真っ赤になっていた。
熱い頬と、潤んだ目。
サスケは全然気づかなかったけれど、自分の頭にも思わず血が上ったのがわかった。

もし、あのまま・・・。

あのまま?
いったい何を考えようとしてたんだ、オレは。

カカシはもう一回大きくため息をついた。
そして、うーと声を出しながらその場で屈伸をしたり腕を振りまわしたりしてから、さっさと歩いていってしまったサスケの後を追った。

 

 

 

END

2000/08/11

なんだこれ・・・という感じで。
実はキリリク用に書いたものなのですが、どこにリク内容が・・・?と我ながら疑問に思いましたので、やめました。(えらそうに・・・)
しかし、なんでこんなのばっかり増えますかね? 私が書けるのって小ネタばかりです・・・。

 

 

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