闇色鳥歌








「お守りなんて、ぜってーやだってばよ!」

・・・と騒いでいたはずのナルトは、一番楽しそうにはしゃいでいる。

それを少し離れた木にもたれて眺め、サスケは小さく息を吐き出した。
今日の第7班の任務は「大名の一人娘のお子守り」。

ふー。

任務は相変わらず、子守りだの、土いじりだの、いなくなったペット探しだの・・・、お世辞にもやる気が出るとは言いがたいものばかりだった。今日だって、はっきり言って、今すぐにでも帰りたい。ひとりで術の練習をする方がどんなに有意義に過ごせるだろう。
・・・でもまあこれもしかたない、と、サスケはもう一度、今日何度目になるか分からないため息をついた。いくら退屈な任務だと言っても、自分たち下忍の社会勉強の意味もあるのだと言われれば、それももっともだと頷くしかない。依頼人に対する忍としてのマナーを学び、里と周囲との関係を学び、世の中の情勢を肌で知る。それから、野営の仕方、跡を残さない歩き方、応急手当の仕方、など、これからの任務で必ず必要になるに違いない技術的なことも多く学んでいく。
今回は、これからも付き合っていかねばならない大名と、里との、顔つなぎの意味もある。里は、列強大名とうまい関係を維持していかなくてはならない。そして、里とうまくやっていきたいのは大名たちも同じこと。持ちつ持たれつなのだ。そんな、さまざまな思惑が交錯する中、子守りという依頼が出され、受けられ遂行される。
・・・そういうことなのだ。子守り自体はまったくつまらない任務だが、この機会を無駄にするわけにはいかない。せっかく訪れた城の様子をよく観察しておこうと、気を取り直して、サスケはそれとなくあたりを観察した。

目の前では、広い整えられた城壁内の庭で、豪奢な着物を身に纏った小さな姫君とサクラとナルトがきれいな色の球で遊んでいる。少し離れて、髪の白いおそらく乳母と、明るい髪の色をした美しい侍女たちが、その様子を見守って明るい笑い声をときおり上げる。
空はあまりに青くて抜けそうで、ずっと空を見上げていると天地がひっくり返って空の方に落ちていくような錯覚がするくらい、青い。目の前には大きい城の石塀が光で白っぽく反射している。あの大きい建物のどこかには、忍者避けの細工がいたるところに仕掛けられているのだろう。やはり同じ、おそらく木の葉の、忍者の手によって。
―――ぱっと見ただけではそれがどこにあるのか分からないが、時間はたっぷりあるのだから後でもう少し城の近くまで行って観察してみよう。
それから、姿は見えないが、あちこちに侍の気配が感じられる。おそらく自分たちを警戒してのことだろう。いくら大名の依頼で来たとはいえ、どこの馬の骨なのか分からないよそ者が、跡取り娘に近づくなんてとんでもないことなのだ。向こうもそれが仕事だし、両手を広げて受けいれろとは思わないが、そういう人間関係って少し面倒だな、とサスケは思った。確かにどこに行っても自分たちのような影のものが歓迎されるとは限らない。それどころか忌み嫌われる可能性のほうが高いだろう。今はまだ雑用のようなたいしたことのない任務しかしていないからそれほど気にはならないが、そのうち中忍、上忍になっていくにつれ、自分たちに対する風当たりの強さをもっと感じるようになるのだろう。大きな影響を周りに与えることができる代わりに、周りからも大きな影響を受ける。

それもまあ、しょうがないといえばしょうがないが、よくこんな仕事真面目にやってられるよな、と横で人目もはばからずアヤシゲな本を読んでいる上忍をちらりと見て・・・。
そして、こいつは違った・・・と少しだけ肩を落とす。

視線を前に戻すと、ちょうど目の前に花の絵が描かれた美しい色をしたボールがころころと転がってきた。それを、今日の依頼内容の対象である大名の一人娘がとことこと追いかけてくる。

さっき初対面のあいさつをした時、お姫様は小さいながらも気品を漂わせていて、黒い髪と黒い目を賢そうに揺らしてこちらを見つめてきた。大勢の大人に囲まれて暮らしているせいかあまり人見知りはしないらしく、物怖じもせずに「はじめまして」とちょこんとかわいらしくお辞儀をして見せた。その高い声も鈴の音のように可愛らしく響き、笑顔になるとふくふくとした頬がいっそう柔らかそうに膨らみ、まるで幸せの象徴のようだ。老婆も侍女たちも可愛くてたまらないという表情でその様子を見守っていた。ナルトもサクラも一目でこのお姫様が気に入ったらしく、それからずっと、どちらが子どもかわからないくらい楽しそうに遊んでいる。
でも。その可愛らしさの中に大人びた影が見え隠れして、サスケにはそれがどうしても気になってしまった。心の中で、あーゆーガキらしくないガキは苦手だ、と呟くと見物を決め込む。それに、自分が加わったら、もれなくナルトとのバトルが始まってしまうだろうという考えもあった。ナルトが何だかんだと言ってきて、なぜかいつもそうなってしまうのだ。
―――しょうがねぇな。ガキで。
このボールもはりきったナルトがつい強く投げてしまった結果であるのを、しっかり見た。

サスケはしかたなさそうに木から離れると、身をかがめてそのボールを拾った。柔らかいボールの感触に気をとられて、そのボールを姫君に手渡すか投げるか、一瞬迷った。衣のすそを翻して、姫君がとことことこちらに向かって走ってくる。
―――が。

ばたっ

サスケは何が起こったのかと目を見開いた。お互いもう2歩ずつも近づけばボールを手渡せる位置だったところで、目の前の姫君が倒れたのだ。それでなくても小さな体が、一瞬消えてしまったかと思ったくらい、小さく地面に張り付いている。
「・・・大丈夫か・・・?」
言ってしまってから、仮にも姫君相手に「大丈夫か」はまずかったかと思ったが、一呼吸の間もおかず、別にかまわないだろうと思い直した。そして、あんな小さな石につまづくものなのかと少し感心しながら、倒れた姫君の脇に膝をついてしゃがむ。
「ふに・・・」
お姫様は顔を少し歪めはしたものの、くっと唇を噛んで泣くのをこらえている。
サスケは、とりあえず、両手をついてしゃがみこんだままの小さな身体を立たせると、そっと手を取りぱっぱっと手のひらを払ってやった。手のひらには少しかすり傷ができていたが、血は出ておらずたいしたことはなかった。体が軽いおかげだろう。きれいな服はほこりだらけになってしまったが、これも少し払ってみるとそれほどひどいことになってはいない。膝を見ると少しだけ血がにじんでいる。傷に砂が入らないように慎重に膝のほこりも払ってやっていると、小さな手がそっとサスケの片方の肩におかれた。軽い、頼りない感触。そしてサスケが膝の傷を首を傾げて見ているのと同じように、首を傾げて自分の膝を覗き込んでいる。
「これくらい我慢できるよな?」
聞きながらサスケが顔を上げると、しゃがみこんだ顔のすぐ近くにあった黒い目と目が合った。少し首をかしげた神妙そうな顔が、サスケの目を見たまま、こくりと縦に動いた。涙が滲んだその目はとてもたいそうなことをしたみたいに真剣そのもので、その様子がなんとなくおかしくて、サスケは少しだけ口元をほころばせた。

「よし」

そういってボールの土も払って渡してやると、きりりと勇ましげに引き結ばれた唇が今度はにっこりと開かれた。なんとなく気になっていた大人びた影は消えて、姫君は嬉しそうに顔中を笑いでいっぱいにしている。ほっぺがこれでもかというくらい上に押し上げられ、目はどこにいったのかわからないくらいきゅっと細められて。その可愛らしさにサスケがつられて微笑むと、お姫様はその小さい手でサスケの手を・・・というより指を・・・ぎゅっと握ってきた。
そして、サスケが突然のその感触に驚いている間に、脇にその身体にはいささか大きいボールをかかえて、もう片方の手でサスケの手を引いて歩き出した。その手はとても小さくて頼りない。本人は力を込めて握っているつもりかもしれないが、それでも握られている感触が羽のように軽い。それはサスケに、小鳥を指に止まらせている時のような優しげな気持ちを抱かせた。

ちっせー・・・。なんだよ、これ。

こんなに小さくても人間の手なんだなとなんだかおかしくて、サスケはぐいぐいと手を引かれるままに歩く。手元から視線を上げて前を見ると、ナルトたちが笑いを浮かべてこちらを見ていた。あの顔は「かっこつけのサスケがいよいよ参戦」・・・と言ったところだろう(むかつく)。その通りに、このまま手を引かれて、結局自分も一緒に遊ぶことになるのだろうか。
それはちょっと予想していない展開だったので、手を握られて引っぱられた時は冗談だろうと少し驚いたが、一生懸命手を引くその後ろ姿を見ているうちに諦めがついた。
・・・しかたない。混ざるか。

だが、サクラやナルトや侍女たちの元に戻るかと思ったら姫君は方向を変え、突然走り出した。横目に、侍女たちが目を丸くしているのが見えた。身長差があるためサスケの身体は前かがみ気味になる。少し走りにくいが、別に苦労ではない。姫君としては走っているつもりかもしれないが、サスケにとっては少し急ぎ気味に歩く程度の速さだから。
手を引かれるままに池のほとりまで来ると、小さな手がサスケの手を離して池を指差した。

「いっしょ」

―――え?

指が指し示すままに池を覗き込むと、黒い頭が2つゆらゆらと揺れていた。言うまでもなく、一つはサスケの、一つは姫君の。

「いっしょ」

お姫様は可愛い声でもう一度言いながら、今度はサスケを促がすように見上げてくる。

「・・・ああ」

サスケの頭は墨を流したような黒。姫君の頭のさらさらと細い絹糸のような髪も黒だった。そんなことか、と思いかけたところで、そういえば今庭に出て姫君の相手をしている侍女たちがすべて淡い色の髪をしていることに気がついた。ついでに、ナルトもサクラも淡い色をしている。それから木の下で我関せずといった風情で読書にいそしんでいるカカシも。隠れているであろう侍たちがどうなのか知らないが、今、サスケの目につく人間はすべて明るい色の髪をしていた。目の色もしかり。濃い色合いの目と髪をしているのは、そう言われてみるとサスケと姫君だけだった。漆黒、墨色、濡羽色。確かに目に違和感を与えるかもしれない、明るい陽光のもとの、闇の色。だが別に特に何か言うほどのことでもない。ここにはいないだけで、黒い髪黒い目の持ち主は世の中に掃いて捨てるほどいるのだから。
これくらい小さいとそんなことがわざわざ言うほどのことになるのか、と思ったところで、小さな手がまたサスケの手を握ってきた。それから、さっきよりももっと、小さな声で言った。

「かあさまもいっしょ」

その言葉に隣を見下ろすと、小さな姫君はサスケの手を握る手に力を込めてうつむいた。

「かあさまびょうきでねてるの。だからあえないの・・・」

母親に会えない。その言葉から、いったい何が分かったのか分からないが、一瞬何かを理解したような気がした。そして、何を言っていいかわからなくなった。さっきまでの、明るく、大人びた表情の、でもまだ幼い顔。今は、うつむいてしまっていて見えないが、さっきまでとは違う顔をしているに違いない。急に様子が変わったことに少し戸惑いながら、サスケは、自分にはいったい何が言えるのだろう、と考える。目の前の出会ったばかりの小さなこの子に。・・・おそらく、母親にか、周囲にか、あるいはその両方に、心配をかけまいと、この姫君は、こんなに小さな頭をしているくせに。きっと、この子なりに一生懸命なのだろう。そんな時、周りはいったいどうすればいいのだろうか。
偶然かと思ったが、まわりが淡い髪の者ばかりだというのは、もしかしたらわざわざそうされているのかもしれない。おそらくは、病気で会えない母を不必要に思い出さないようにという配慮のためか。その配慮は伝わったかもしれないが、そんなことしたって思い出さずにいられるわけないのに。周りがいくら良かれと思っても、その心遣いがかえってつらい思いをさせることがある。この小さい頭は、自分で理解できる範囲で何かのサインを受け取っているに違いない。この、淡い髪に囲まれて自分だけ黒い髪を持っているという状況から。もしかしたら、異質さと孤独を。
とは言っても、まわりから十分愛情をそそがれてはいるのだろう。皆がほんとにこの小さな姫君を大切に思っていることは侍女の笑顔からも、侍たちの気配からも伝わってくる。

・・・でも、それでもどうしても代わりのない、それでなきゃだめだというものはあって、それでなくては癒せない苦しみもあるのだ。周りがどうとか、そんなことは全く関係なく・・・。

やはり言うべき言葉が見つからず、サスケはうつむいている姫君の顔を覗き込むようにしゃがんだ。しゃがむと目線の高さが向こうの方が少しだけ高くなる。そんなサスケの方に身体を向けると、うつむいたまま、姫君は小さく消え入りそうな声で言った。

「・・・かあさま、いつなおるのかなぁ」

語尾は泣き出しそうになっていて、サスケがあ…と思った瞬間に、下を向いた目元からぽたぽたと雫が落ちた。さっき転んだ時には見せなかった涙。それは白い頬を濡らし、衣装を濡らし、地面に黒いしみを幾つも作った。姫君は涙を拭おうともせず、片手はサスケの手をずっと握り締め、もう片手はボールをかかえたままでいる。サスケはボールをあいている片手でそっとひきよせると、地面に置いた。

「・・・早く治るといいな」

「きっとすぐ治る」などという気休めは言いたくなかった。こんなとき、自分はいったいどうするべきなのだろう。
カカシだったらこんなときどうするか、などと無意識に考えて、何気なく姫君の頭の上にあいている片手を置いた。手と同じように、小さな小さな頭。自分の手のひらが大きいわけではないのにその中にすっぽりと収まってしまう。体温が高いのか、さらさらした柔らかい髪を通して温かみがほんのりと伝わってくる。その感触に、慰めているはずのサスケの心の方のどこかが、じわりと温まったように感じられた。そのぬくもりに動かされて、ほんとに早く治るといいと思いながら頭を少し撫でてやると、声もなく涙を流しているだけだった姫君が、堰を切ったように声をあげて泣き始めた。

「ふえぇん」

ここにきて、事態の変化に気づいた侍女やどこかに潜んでいたはずの侍たちまでもが集まってきた。ナルトやサクラが顔中を疑問符だらけにしているのも見える。侍女のひとりがいったいどうして泣いているのかと疑問の眼差しをサスケに向けながら姫君を促がして連れて行こうとしたが、姫君はサスケの手を握り締めたまま離そうとしない。いやいやをして、いっそうサスケの手にしがみついた。サスケがどうしたものかと思ってとりあえず立ち上がろうとすると、その気配を察してか、驚くほどすばやく首にしがみついてきた。

「うわーん」

思わず中腰で固まる。・・・いったい、どうしたらいいのだ。

「姫様」

侍女たちや侍たちが困ったように声をかける。ぎゅうぎゅうしがみついている様子を見ると、簡単には離れそうにない。とりあえずこのままじっとしているわけにもいかず、サスケは自分に抱きついて泣き声をあげる小さな身体を抱き上げた。体の小ささに腕が余る。見た目以上に頼りなくて、柔らかい、飛んでいってしまってもおかしくないような重み。それに一瞬胸がつまるように痛むのを感じた後、自分でも意識しないうちに静かな声が出た。

「大丈夫だ」

何を言ったらいいのか分からないまま囁いた言葉に、細い腕はいっそう力を込めてしがみついてきた。これは、いよいよ、離れそうになくなった・・・。

「かあさまぁ〜」

うわあん、と耳元で盛大な泣き声が響いた。

 

+++

 

「おつかれさん」

「・・・ああ」

報告書を出し終え、カカシは、帰らずにぼんやりと立ち尽くしたままの本日の功労者に声をかけた。

あの後、泣きじゃくる姫君を抱いて、サスケたち一行は城の中に入る許可をもらった。城の中どころか、奥まで特別に入ってもいいという許可を、大名直々にいただいた。許可も何も、姫君がどうしたってサスケから離れようとしなかったので、それもいたしかたないことだったのだろう。甘いのかもしれないが、大名だって親である以上、自分の娘はやっぱり可愛い。自分たちを城の中に入れることに反対する家臣ももちろんいたが、家臣たちにとっても愛しい姫君が、母親の名前を呼んでわんわん泣いている様子にはかなわなかったらしい。母親は、姫君が言った通り黒い髪、黒い目の、儚げな美しい人だった。サスケがそっと小さな身体を引き剥がして手渡すと、目に涙を浮かべて、縋りつく身体を抱きしめていた。・・・よかった。
お互い、会いたい気持ちを抑えていた。お互いがお互いのことを思い遣って・・・。姫君は自分が病気の母の負担にならないよう、母君は幼い姫が自分に会わない間余計さみしい思いをすることがないように。でもそんな、誰かがつらい思いをしなくてはならないような無理は、いつか絶対破綻がくる。姫君は気丈に頑張っていたのだろうが、母親と同じ黒い髪、黒い目にこらえきれずに反応してしまった。
・・・姫君が反応したのは、自分の黒い髪ばかりではないかもしれない。ただ黒い髪というだけなら、きっと城内には幾人もいたことだろう。そんな中で余所者の自分にその胸の内を明かしたというのは・・・、もしかすると、幼いながらに何か・・・同じ孤独・・・を感じとったのかもしれない・・・。

「疲れた」

珍しくサスケがそんなことを言うのを聞いて、カカシが目を丸くした。カカシは今回の騒ぎの間、口も手も出さず、サスケと姫君のことを見ていた。イチャパラはさすがにしまってはいたけれど。
カカシは、サスケの頭をくしゃっと撫でると、もう一度、「おつかれさん」と言った。

疲れてぐったりした頭に、カカシの手の重さと温かさが気持ちよく溶ける。その手のひらをいつになくおとなしく受けとめながら、サスケはしばらく、「母さま」と呼ぶ一途な声と手のひらに残る小さな身体の感触に、胸に狂おしさが生まれては消えていくのを感じていた。

 

 

 

END

2000/12/24
ブラン*

サスケのかっこいい任務話を書こうという意気込みで書かれたはずでしたが、またしても長くてわけの分からない駄文になりました〜!いったい何を書きたかったのか・・・、ごめんなさい、わ、わかりません・・・。っていうか、もう全然カカサスじゃありません!2ヶ月ぶりのUPがコレ!?ああ、ぎゃ〜!!(ばたり←倒れてみれば済むと思ってるあたりが・・・) 
もーほんとに、すみません!!

 

 

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