愛情行動 - 前 -
サスケはよく眠っている。
くかーくかーと弱い寝息をたてているのは、鼻ではなく口で呼吸をしているからだ。暗い部屋の中、普段子どもらしからぬ子どもの、子どもらしいその頼りないリズムが、カカシの胸をきゅうと痛ませた。
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まだそんなシーズンでもないのに、サスケが風邪をひいた。
いつもより少し遅くなった帰り道に、サスケの乾いたくしゃみの音が響く。もうこれで何度目だろうか。「今のでちょうど30回目だってばよ!」
カカシの心を読んだかのようなタイミングで、ナルトがサスケをはやしたてた。
よくそんなこと数えているなあ、とちょっと呆れたような感心したような思いでこちらは元気なナルトを見やる。普段はつっかかってばかりいるくせに、具合が悪いなら悪いでやはりサスケのことが気にかかるのだろう。サスケは、弱みを見せたくないと思っているのか、それとも自分の体に無頓着なのか、せきやくしゃみ(顔に似合わずかわいいのだ、これが)はするもののあとは普段とまったく変わりなく過ごしていた。服装はいつものままだし、薬を飲む様子はないし、任務も訓練も普通に参加していて、もちろん調子が悪いといった類のことは一言も言わない。
きっと今までもずっと、風邪をひいたときにはこうやって過ごしてきたのだろう。
それに、自分の体のことは自分が一番分かっているだろうし。そう思って、サスケのしたいようにさせた。
加えて、うるさがられるのもなぁ、と思ったのもある。
風邪をひいているのだからと他の2人――というかサクラ――が気にかけて世話を焼く。ナルトもなんだかんだとかまいたがる。
最初のうちはサスケもああとかいいとか言ってそれなりにおとなしく対応していたが、あまりかまわれすぎるのはうるさいと見えて、そのうちサクラやナルトとの直線上にオレがくるようにして距離を保つようになった。
普段は懐きもしないのに、オレを盾にするなんてよっぽどまいったのだろう。雨宿りをするようにそばに体を寄せて、他の2人の視線を避けている。
自分は安全だとあのサスケに思われるなんて、今度はいつそんなことがあるかわからない。この貴重な機会、なるべく嫌がられるようなことはよしておこう。せっかく避難場所に選んでくれたのだし、ちょっとは役に立つところを見せてあげますかね。・・・といってたいしたことをするわけではない。サスケに近づこうとするナルトとサクラの注意をひきつけて、いつもよりちょっと多く相手をするだけだ。
ごく自然に、そうとは気づかせないように。
サスケには何をするわけでもない、本当にただ、かまわないでいるだけ。それでもサスケにはそれがよかったらしく、ときどきせきをしながらも、今は比較的くつろいだ表情を見せている。なんだか、嬉しい。サスケのことだから放っておいても大丈夫だろうと思っていたのだが、こうなるとやはり何とかしてやらなくてはという気持ちになる。
――いや、でもサスケは何かしてもらうことを望んではいないだろう。
・・・こういう時、大人になってよかったと思う。
世の中で自分にできることはそう多くはないのだと、もう知っているから。・・・望まれていないとわかっても、無力な自分に失望したりしないですむ。まあがんばれよ。そんな気持ちをこめて、傍らを歩くサスケの頭をぽんぽんと撫でた。ふいに頭を撫でられて驚いたのか、一瞬の間をおいてサスケがのろりと睨みつけてくる。
そこで両手を降参の形に上げて曖昧に笑うと、黒い目が諦めたように少しだけ和らいで、また前に向き直った。
おどけた指先に残ったのは、ぱさついた髪越しに伝わってきた微かな温度。熱が出そうだな、と思った。
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灯りの点いていない暗いドア。玄関の鍵は勝手に開けた。
サスケが目を覚ますといけないから電気はつけなかった。
カカシは足音を立てないようにベッドに近づくと、掛け布団にくるまるようにして眠るサスケの額にそっと手を当てた。
思ったとおり・・・熱が出ている。
その熱を吸収するように手のひらをそのままぴったりと押し当てると、触れた部分から熱さがじわりと鈍く広がった。サスケの、自分の手のひらよりはるかに高い体温と、指が余ってしまう額の小ささに、また胸が痛む。
熱を確かめたついでに汗で額に貼りついた前髪を撫で上げてやると、サスケがもぞりと小さく身じろぎをした。
――しまった、起こしたか。「・・・、だれ・・・だ?」
掠れた声が布団越しに聞こえてくる。なんだか口調がたどたどしい。
「オレだ」
そうは言っても直前まで眠っていたサスケにわかるかどうかわからなかったが、なるべく静かに、なだめるように返事をする。熱を出してただでさえつらい状態で、それ以上不安な思いや怖い思いはさせたくない。
そう思っていたものの、「だれだ」「オレだ」の語呂のよさが耳に残って妙におかしい。こんな時なのに、いや、こんな時だからこそか。サスケが元気だったら何か一言言ってくれるだろうに。サスケは「オレ」が誰だかわかったのか甚だ怪しい様子で、「うん」、と弱く答えた。
もちろん語呂がどうかなんて一言もない。改めてサスケの調子の悪さを空しく実感する。そのまま、またサスケは小さく寝息をたてはじめた。
とりあえずは怖い思いはさせないで済んだことに、知らずつめていた息がもれた。
肩が冷えないように布団を整えてやって、もう一度額に手を当てる。・・・罪悪感を感じてしまうくらい無防備なサスケの熱。サスケのほうにかがめていた体を起こして部屋の中を見ると、寂しいくらいに静かだった。
食事をとった様子も、薬を飲んだ様子もない。・・・やっぱり来てよかったと思う。
――夕方に別れた時点では、来る予定など全然なかったのだ。
子ども達に解散を告げひとり報告書を出しに行った帰り道、ついでに夕飯を食べていこうと寄った居酒屋で、ちょうどこれから飲むところだという上忍仲間につかまった。そういわれてみればしばらく姿を見なかった彼らには、長期任務からの無事生還を無理やり祝わされた。死なずに今回も帰ってこられたと喜ぶ彼らの浮かれ様が伝染したのかそれなりに楽しく飲んでいたけれど、明日も早いからと先に店を出た。
満足な腹を抱えて見上げた空はもう真っ暗で、空気はしんと冷えて夜の香りがして、気持ちがよかった。アルコールの混じった息を吐き出して、かわりに冷たい空気を吸い込む。いっぱいに空気を吸い込んだ反動で歌でも歌いだしそうな気分だった。その気分が一転したのはなぜだろう。
家に着いて。夜の気分をまだ味わっていたかったのもあって、電気はつけずに、家の中の慣れた空気を感じながらカーテンを閉めようと窓に近づいた。ぼんやり眺めた外の家並みのシルエットは空よりも暗くて、それから、その中に揺れる明かりを見て・・・、
ふいにサスケのことが気になった。
いったい何からサスケのことを思い出したのか・・・、サスケの姿が頭に浮かんだ瞬間、あまりに驚いて心臓がきゅっと縮んだような気がした。
風邪をひいてひとりで、あの子はどうしているのだろう。
・・・きっと苦しい思いをしている。
一瞬前にきゅっと縮んだ心臓は、今度は激しく鳴り出した。
知っていたはずなのに、今さらのようにその事実が胸に迫ってくるきっかけになったのはなんだったのだろうか、外の木を揺らした風だろうか、灯りのつかない窓だろうか。まだ驚いた衝撃が残っているのか、どうでもいいことが気になる。
具合が悪いと分かっていたのに、どうして、夕方別れた時に送っていってやらなかったのだろう。サスケが体調を崩していることを知っているのは、その中でも何かしらしてやれるのは、この里の中、自分以外にはいなかったのに。本人が望んでいないだろう、と、今考えるとそんなことは都合のいい言い訳に過ぎなかった。どうしてひとりで帰したのだろう。
焦燥感やら後悔やら悲しみやら、いろいろのことがまとめて頭に押し寄せて、いつまでたっても成長しない自分を殴りつけたくなる。
酔いはいっぺんに覚めて、慌てて、それでも薬と食材を持つだけの頭が残っていたことに少しほっとしながら家を出た。何かあったら自分のせいだ、とちょっと前までの自分だったら考えられないようなことを思いながら、何かに祈るような気持ちで走った。
手遅れにならなくてよかった。
ここにくるまでにめぐらせたサスケが苦しんでいる想像を思い出して、そのオーバーな想像と自分の慌てぶりに、胸の中だけで少し笑う。熱を出しているものの、サスケは思ったより落ち着いた状態だった。来てよかった。
とにかく何かを食べさせて、薬を飲ませよう。
その準備にとりかかる前に、カカシは水で冷たく濡らしたタオルをサスケの額に乗せた。
横向きになって眠っているせいで、タオルが枕にずり落ちそうだ。ずっと押さえているわけにはいかないし――・・・。
しかたないのでサスケの熱い肩の下に手を入れて上を向かせる。ひどく寝汗をかいていたらしく、着ているものもシーツも湿っぽくて、やはり熱い。・・・着替えも後で探さなくては。
サスケはうぅと少しむずかるような声を出して、だが体を動かされても抵抗は見せず、されるままになっている。布団とタオルでほとんどが隠された顔はいつもよりずっと幼く見えた。具合が悪くてひとりで、いったい何を考えていたのだろう。
さっきまでじっと小さく丸まって眠っていた様子は、親のぬくもりを求めて震える傷ついた動物みたいだった。自分で自分を守ろうとする本能がそうさせるのだろうか。
そう思うと、胸だけでなく鼻もつん、と痛くなる。・・・考えるのはあとだ。
ため息と一緒に涙の気配を体外に吐き出してしまうと、カカシは台所での作業に集中することにした。とにかく栄養と薬と睡眠だ。今ちゃんとよく眠っているし、サスケはもともとの体力があるからすぐによくなるだろう。お粥だってすぐできるし、薬は上忍に支給されてる特製だし。
・・・だが、知らず気は急いてくる。気づくと、時間が時間が、と頭の中で呪文のように唱えていた。お湯が沸くのを待つ時間さえもどかしい。随分時間が経ってしまったような気がして確かめると、さっきからまだいくらも経っていない。思わずついたため息と重なって、閉じた戸の向こうから、けほ、と小さな咳が聞こえる。
少し驚いて、思わず火を止めてしまいそうになった。耳を澄ますと何も聞こえない。
起こしてしまったわけではなさそうだ。
慌てたところで何も状況は変わらないのに、と鍋の下でちらちらと揺れる火を見て思う。
温かい湯気が昇るお粥の幻なら今すぐにでもこの手から出すことはできるけれど、それは何を満たすこともない。やっぱり、大人で忍者で上忍でも、世の中のあらゆることの中で自分にできることはほんの一握りなんだなあと、しみじみ思う。できることといえば物音にビクビクしながらお粥を作ることくらいだ。
・・・くつくつと煮立つ音に混じって、また咳が聞こえた。
2002/02/19
ブラン*わあん、長くなってしまったのでとりあえずいったんここで切ります・・・。もしかしたらこの前編はいらないのかもしれません、こういう無駄なところで長くなってしまうんですよね・・・すみません!
いつもお世話になっている香渡哲也さまにお礼をしたくて無理やりいただいたリクは、「風邪ひきサスケ君カカシの作った愛情たっぷりの不味いお粥を食べる」でした!
・・・って、まだ「風邪ひきサスケ」ってところしか書けてません。そして冒頭、「まだそんな季節でもない」って・・・、書き始めたころの名残で・・・。ああう、もうなんて言い訳したらいいかわからないくらい遅いです。もう覚えていらっしゃらないかも・・・!!それでも押しつけ・・・、せめて続きはなるべく早いうちにUPしたいです。香渡さんごめんなさい〜!!