自分の周囲は火が燃え盛っている。圧倒的な熱気に肌が焼かれるようだ。
夜中だというのにオレンジ色の視界に入るのは、いくつかの横たわる人影と、ただひとり、立っている男の姿。
雨が降っているのに、炎はおさまる気配がない。
聞こえる音は、雨が地を叩く音と、火が燃える音だけ。
怖くてたまらなくて、倒れている母の手を取る。
「お母さん・・・」
しかし、いつも自分を慰めてくれた母の手は重く、だらりと下に落ちた。
そして母の体の下には、炎を映す、黒々とした血の、海。
「――――・・・!!」
額に滲み出た汗を手の甲でぬぐい、サスケはベッドの上に半身を起こした。
脳裏に浮かぶ、忌まわしい記憶。
動悸の音が耳につく。
(あんな夢・・・)
それまであたりまえだった、大事な、世界のすべてと思っていたものが消えてなくなってしまった夜の。
そして、復讐を誓った、最初の夜でもあったあの日。
これほど生々しく思い出したのは久しぶりだった。
サスケはぎりっと歯噛みし、どうしようもない気持ちをシーツを握り締めることで抑えこんだ。
「よーし、訓練終わりー。帰るぞー」
いつものように任務をこなし、訓練をこなし、カカシが3人に向かって声をかける。
その声を聞いて、サスケは登っていた木から下りようとした。
ふと見ると、沈みかけている真っ赤な夕日。
なんとなく圧迫感を感じて、そして何か思い出したくないことを思い出しそうな気がして、慌てて太陽から目をそらした。
枝を飛び移りながら、何を思い出しそうになっていたのか、つい考えてしまう。
ぼーっとしていたせいで、少し細い枝に飛び移ってしまった。バキ、と枝が折れ、バランスを崩す。体制を立て直そうとして、夕日の赤が目に入った。
瞬間、夕べの忌まわしい夢を思い出し、体制を立て直すことができないまま地面にぶつかった。
衝撃とともに、暗転・・・。
まったく、何を考えてるんだか知らないが、忍者が木から落ちるなんて・・・。
カカシは、打った頭を冷やすためのタオルを濡らしながら、少し腹立たしい気持ちで考える。
なかなか戻らないサスケをおかしくおもって、ナルトとサクラに探しに行かせたら、サクラが「先生、大変〜!!」と血相を変えて戻ってきた。
何があったのかと、一瞬思わず心臓がはねた。
サクラに手を引っ張られて行ってみたら高い木の根元に倒れているサスケがいた。
また心臓がバクリと音を立てる。
駈け寄って、わきに膝をつく。サクラも心配そうにのぞきこむ。
顔色は悪くないし、けがをしている様子もない。
そっと抱き起こしてみると、カカシの手に少し血がついた。
どうやら後頭部を打ったらしく、頭の切れたところから出血して、こぶもできていた。
これなら大丈夫だと判断して、カカシはサスケを本部にある医務室まで運んだ。
心配するサクラと、「目が覚めたら、猿も木から落ちるーって言ってやるんだってばよ!」と愉快そうに言うナルトもついてきて、今はサスケのところについている。
まったく・・・と思うが、大した怪我もなかったことにひどく安心していることに気づき、苦笑する。これじゃ怒れないな。
カカシが出て行く扉の音で、サスケが目を開けた。
見覚えのない、窓・・・。窓の外の風景も見覚えがない。
ぼんやりと、ここはどこだっけ、と身じろぎをしながら考える。
「サスケくん!大丈夫?」
「ざまーみろってばよ!」
背後からかけられる2つの声にびっくりし、とっさに布団をかぶる。
勢いよく動いたせいか、頭にひびいた。
「痛・・・」
「大丈夫?」
心配そうにかけられる声に、心配をかけさせてはいけないと思い、ゆっくりと半身を起こした。
「大丈夫、・・・です」
ナルトとサクラの目が丸くなる。
サスケはきょろきょろと周りを見まわして、痛みに少し顔を顰めながら、
「ここは、どこですか・・・?」
と尋ねた。
それを聞いてさらに目を見開くサクラと、吹き出すナルト。
「似合わねーーー!!サスケ、おまえおかしいってばよ!!」
何故吹き出されたのかよくわからず、ちょっとむっとする。
しかしそれには触れず、さっきから気になっていたことを聞いた。
「・・・どちらさま、でしたっけ・・・?」
「先生ーーーーー!!!」
どたばたと2人が走ってくる。
「こら、うるさくす・・・」
「「それどころじゃないのっ!!
それどころじゃないんだってばよ!!」」
注意をしようとした声は、2人の声にかき消された。
「サスケくんの様子がおかしいの、早く来て!!」
2人の慌てた様子に、まさか、という思いがわいてくる。
たいした怪我ではないと思ったのに、サスケに何かあったのだろうか?
信じられないスピードで駆けつけ、医務室のドアを勢いよく開ける。
サスケは少し驚いたような顔をして、それからすぐ不安そうな顔になった。
カカシは、サスケが起き上がっているのを見てほっと息をついた。
ベッドのそばまで行って聞く。
「サスケ、大丈夫か?」
サスケはこくりと頷くと、不安そうにカカシを見上げた。
「どうした、どこか痛いのか?」
「痛くはないです、けど・・・、あなたも僕を知っているの・・・?」
思いもよらなかった言葉に、一瞬思考がとまった。
嘘だろう・・・とため息をつきながら、サスケを見る。
「ごめんなさい、僕、思い出せなくて・・・」
「いや・・・、えっと、・・・困ったな・・・」
カカシがうーんと顎に手をやり、目をつむる。
このサスケの状態はいわゆる記憶喪失なんじゃ・・・。
いやいや、そんな簡単に記憶なんて失うものか?
・・・いや、でもサスケは冗談でこんなことができるやつじゃないし・・・。
さっきの不安そうな顔も演技じゃなさそうだし・・・。
ちら、とサスケを見ると、サスケはカカシよりももっと困ったような不安そうな顔をしてカカシを見つめていた。
覚悟を決めて聞いてみる。
「何も覚えてないわけ?」
言ってから、もう少し優しい聞き方をすればよかったと後悔した。
サスケは泣きそうになるのをこらえながら、言う。
「何もってわけじゃ、ないけど・・・。さっきの人たちとか、・・・あなたのこととかよくわかんないです・・・。ごめんなさい・・・」
「・・・いや、こっちこそ悪かった。そうか・・・」
自分のことをはじめ、ナルトやサクラのことを覚えていないとなると、アカデミーに入学する以前の記憶まで戻ってしまっているのだろうか。
いくつぐらいのサスケなのかはっきりとはわからないが、それでもずいぶん幼いはずなのにしっかりと話すものだなとぼんやりと感心する。
さてどうするか。
「先生ー、忘れ物ー!」
と言いながら、ナルトとサクラが戻ってきた。
「水も出しっぱなしだったし・・・」と小言を言うサクラから、タオルと、ぬれないようにとはずした手袋を受け取る。
「2人ともちょっとここにいてくれ。」
サクラにサスケの頭の傷の処置をしておくよう頼み、火影の元に向かった。
「「ちょっとせんせーーー!!」」
この事態に混乱しているであろうナルトとサクラのうらめしそうな声が後ろから聞こえてくるが、かまわず走り出した。
「記憶喪失?」
「はい・・・、すべて忘れたというわけではないらしいのですが・・・。少なくともアカデミー入学以降のことは全く覚えていない・・・ようです。頭を打ったらしく・・・、ただ、衝撃はそれほどではなかったようなのですが・・・」
しばらくすれば、おそらく記憶は戻るはず。
歯切れの悪いカカシの口調に、火影は「そうか」とうなずく。
「任務につかせるかどうかはお前に任せる。」
それからはカカシにつられてか、火影の口調も歯切れが悪くなる。
「・・・あやつはひとりで暮らしているはずだが・・・、記憶が戻るまで・・・」
火影の言いたいことを察し、最後まで言わせずにカカシは応える。
「それまでオレが面倒見ます」
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