バーミリオン・ペイン 3







>>>2

 

微かに叫び声が聞こえたような気がして、カカシははっと目を開けた。
覚醒前の記憶を探し、聞こえた声について考える。
同時に、暗闇の中、神経を研ぎ澄ます。
サスケに思い至るのと、押し殺したような泣き声が聞こえてきたのは、同時だった。

サスケの寝ている居間の戸を開けると、月明かりで、半身を起こし布団に顔を埋めて泣いているサスケが見えた。
「サスケ?」
驚かさないようにそっと声をかけ、そばに近寄る。
「怖い夢でも見たの?」

サスケは布団に顔をうずめたまま頷いた。

サスケの背に手をやると、激しい動悸が伝わってきた。
よほど怖い夢を見たのだろう。
ゆっくりと背中をさすってやると、じょじょに動悸がおさまって、嗚咽も小さくなった。

しばらくして落ち着いたのか、サスケは布団から顔を起こすと手の甲でごしごしと顔を拭いた。
人前で泣くということは、幼いとしてもさすがに男としてのプライドが許さないのだろう。
そしてカカシを見る。
月明かりで見るサスケの顔は、やはり幼い表情のままで、縋るようにカカシを見つめていた。

その姿に、カカシは少なからず動揺した。

泣いた跡の残る顔がひどく痛々しく。
目が覚めたら戻ると根拠もなく期待したサスケの記憶は、戻らず。
そして、許されてはいないものを盗み見てしまった、罪悪感。
もとの、本当のサスケの了解もなく、泣き顔を見てしまった。
サスケにとってはどんなに不本意なことだろう。
あんなにがんばっていたのに!

目の前にいるサスケに動揺しているのを気づかれないよう、立ち上がって明かりをつける間に、気持ちを落ち着ける。

再び眠りにつく前に時間を稼ぐために、さっきは気づかないふりをした頭の傷の手当てをしなおす。
こんなにはっきりと目が覚めてしまったら、おそらくすぐには寝つけないだろう。

サスケだけじゃなくて、自分も。

 

 

カカシが温めたミルクをこくりと飲んで、サスケがほっと息をつく。
サスケが寝つくのをただ待つことができなかったカカシは、自分の分も温めて、床に座って一緒に飲む。

ミルクを飲み終えると、それまで無言だったサスケが、
「夢、怖かった・・・」
とつぶやいた。
夢について聞くつもりのなかったカカシは、何を言い出すのかと内心びくびくする。
それを話し出すのを恐れていたのに。

「でももう忘れちゃった」
カカシ先生に話そうと思ったのに・・・。
残念そうに言うのをほっとしながら聞く。

泣き顔を見たうえに、心の奥を覗かせるような夢の話を聞くことは、何かサスケを裏切るようで。

「そばにいるから、安心して寝なさいね」

安心したのは自分だったが、サスケに優しくそう言う。
サスケがもぐりこんだ布団をぽんぽんと規則正しく叩き続けていると、まもなく穏やかな寝息が聞こえてきた。

 

 

「「おっそーーーーい!!!」」

サスケを連れて集合場所に行くと、もうすでにナルトとサクラは待っていた。
サスケは、あんなに起こしたのに、というようなふてくされた顔でカカシを見あげた。

夕べ、すぐに眠ったサスケとは違い、カカシは長いこと眠ることができなかった。

そんなこともあって、朝になるとサスケが起こしに来たが、カカシの寝起きはいつにも増して悪かった。
「遅刻しちゃうよ」と声をかけたり、揺さぶったりと一生懸命起こそうとしてくるサスケを、寝ぼけてよしよしなどと言いながら布団に引きずり込んで、「先生ー!起きてー!」と暴れるのを動かないようにがっちりと抱きしめた。
再び深い眠りに落ちかけると、顎にがつんという衝撃。
自分を抑えつける力が緩んだのを感じて、また暴れ出したサスケのパンチが入ったのだった。
これにやっと目を覚ました。

そんなことを思い出しながら、ナルトとサクラの文句を聞き流す。

「今日は任務なし。昼飯でも賭けて訓練でもする?」

 

 

道すがら、サスケの目を盗んで、2人にサスケの状態を簡単に説明する。
カカシにもよくわかっていなかったので詳しい説明のしようがない。

2人は複雑な顔をしていたが、サスケだけれどサスケではないということをなんとか納得しようとしていた。
外見はいつもと変わらないサスケのままなので、さすがにすんなりというわけにはいかないようだったが。
とりあえず、「中身のサスケくん:5歳くらい。」という設定で落ち着いた。

結局任務を行わないことにしたのは、この状態のサスケを連れていては任務に支障が出ると判断したからだった。
どんな任務であれおろそかにはできない。
かと言って、サスケを置いて行くわけにもいかない。

まあ、たまにはあの2人をみっちりしごくのもいいかな。

 

 

木の根元に座り、サスケは訓練の様子をじっと見ていた。
退屈する様子は全くなく、食い入るように見つめている。

そんなサスケを見ると、いつものサスケに戻っているような気にさせられるが。

休憩中、サスケが「先生、見ててね」と言って、木に向かってくないを投げた。
何本かあったそれは、10センチくらいの間隔をあけて、縦1列に並んだ。
造作もないことだが、5歳くらいとなるとたいしたことと言えるだろう。
さらに手裏剣を投げると、くないとくないの間に正確に刺さる。

カカシたちが「へぇー」ともらすと、サスケが振り返って得意げに笑う。
「毎日練習してるから!」
早く忍者になりたくて。
そんなふうに笑うサスケの顔はやっぱり見なれたものではなく。
うっすらと、また見てはいけないものを見てしまったと感じて、カカシの胸がちくりと痛む。

あんなふうに笑う子だったんだ。
こんなことになるまで、一度も、見たことは、なかったけど。

ナルトはわかっているのかいないのか、「オレだってそのくらいできるってばよ!」とくないを取り出して駆け出した。
サクラは、「サスケくんてふだんああやって笑わないよね」と素直な感想をもらす。
でもそんなところもかっこいいんだけど!きゃー!
きゃーきゃー言っているのを聞いて隣でやれやれとため息をつくと、サクラがまじめな声で聞いてきた。

「サスケくんて元に戻るの?いつ戻るの?」

「さあねぇ」
のんきな声で答えながら、ナルトとサスケを見る。

 

 

サスケが元に戻るのか。
いつ戻るのか。
それは、本当は自分こそが聞きたかったことだった。

早く戻って欲しい。

幼い屈託のないサスケを見ると、胸が痛む。

あのまま何事もなく育っていたら、今の、復讐と一族の復興をひとりで背負うサスケはいなかったはずで。
資質にも環境にも恵まれ、誰もが憧れる、忍者の光の部分を体現するような忍者になったことだろう。

しかし、事件は起こってしまった。
すでに起こってしまったことをどうこういうことは趣味に合わず。

何より、あの事件がなかったらと思うことは、今までのサスケを否定してしまうような気がする。

孤独な中で復讐のことだけを考え、それを糧に生きているサスケ。

まだ子どもの彼にしてみたら、どんなにつらいことだろう。

それよりもさらに幼いサスケは、笑顔も、泣き顔も、頼りたい気持ちも、辛い気持ちも、その他もろもろの感情も、あたりまえのように見せる。
それは、サスケがあんなにも自分に戒めていたことだったのに!

今のサスケのどんな姿を見ても、元のサスケの思いを裏切っているようで。

しかし、普段ひとりでつらい思いをしている分、頼ってきてくれる今はできるだけ優しくしてあげたい。
つらい思いなど何一つさせないように。

どうしていいのかわからない自分の行動は、結局どちらに対しても不誠実だ。

とにかく、早く戻ってくれればいい・・・。

 

 

たいした訓練はしていないのにいつも以上の疲労を感じる。
昨日と同じようにサスケを連れて家に帰るが、昨日以上に心が重い。

そんなカカシの心中など知らぬげに、サスケは昨日よりもカカシに懐いている。
訓練がよっぽどおもしろかったのか、顔を紅潮させてあれこれと話しかけてくる。

カカシは、母親の話をされるよりはまだいいか・・・と自分で自分を慰めながら、歩く。
そして、何にという訳ではないが、早く戻ってくれますようにと祈っていた。

 

 

 

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2000/07/30

 

 

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