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疲労感はあるのに、なかなか眠れない。
眠っても眠りが浅く、少しの物音で目が覚めてしまう。
こんなことは最近めったになかった。
長年任務に明け暮れていたおかげで、多少睡眠不足でも平気な代わりに、眠れるときにしっかり眠るくせが身についていたからだ。
今は何時くらいになるのかと時計に手を伸ばす。
時計に手が届く前に、聞こえてくる小さな叫び声。
サスケだ。
なんとなくまたサスケが怖い夢を見るのではないかという予感があったため、ついに来たか、と変な安堵を感じる。
眠れないくらい気にかかっていたのは、きっとサスケのことだ。
もう1度サスケを寝かしつけたら、今度は自分も眠れるだろう。
怖い夢を見て起きるのを無意識にしても待っているなんて、我ながら悪趣味だと思った。
ベッドを降りようとしたところで、控えめに寝室の戸を叩く音がする。
「開いてるよ」
言いながらベッドを降りて、そっとドアを開けると、両手で涙をぬぐいながらサスケが立っていた。
ドアが開いて安心したのか、声を上げて泣き出す。
「・・・っ、カカシ先生〜〜〜」
手放しで泣くサスケを見て、反射的に抱きしめて慰めたくなる。
しかし、意識のどこかで、それはだめだとブレーキがかかる。
やはり自分の中に感じる、違和感。
この子はサスケであってサスケでない・・・。
本当のサスケだったら、弱みを見られて慰められるなんてことを良しとはしない。
どうしたらいいのか、この面倒くさい感情。
今は本当とか本当でないとか、そんなことはどうでもいいのではないか。
目の前で泣くこの子をかわいそうに感じるのは事実なのだ。
・・・でも、やっぱり。
迷ったすえ結局抱きしめることができず、目線の高さをいっしょにして、頭を撫でてやる。
「怖い夢?」
「うん、・・・ひっく・・・」
「一緒に寝る?」
サスケはしゃくりあげながらうなずいた。
よしよしと頭を撫でて、手をひいてベッドのそばまで連れてくる。
カカシは先にベッドにもぐりこむと、サスケのために半分を開けた。
「はい、おいで」
布団をまくりながらそういうと、サスケは袖で涙を拭きながら遠慮がちにベッドに乗ってきた。
キシ、とベッドがきしむ。
そういえば、このベッドに人を入れるのはどのくらいぶりだろう。
サスケは布団の中におさまると、手足を丸めた。
「お布団、温かい」
鼻をぐずぐずいわせながら、もぞもぞ動いている。
カカシの体温の残る布団の中に身を収め、気持ち良さそうに目をつむってから、サスケが夢の話をしようとする。
「僕の見た夢ね、すごく怖かったんだ・・・」
顔だけサスケのほうに傾け、続きを待つ。
「でももう忘れちゃった」
サスケはえへへとはにかむように笑って、布団に顔を隠す。
「もう大丈夫だから、安心してお休み」
言いながら軽くサスケの頭を撫でると、布団の中から、子どもの微かな寝息が聞こえてきた。
サスケの規則正しい寝息は、カカシをすぐに眠りにつかせた。
朝、目が覚めて自分のベッドに他の人間がいることに驚き、飛び起きる。
いつもははっきり目が覚めるまでにもう少し時間がかかるのだが、驚きですぐに意識がはっきりしてしまった。
と同時に、隣で寝ている人物のことを思いだし、頭を掻く。
サスケはこちら側を向いてまだ寝息を立てていた。
目を閉じたサスケは、口元が布団に隠されて見えないせいもあり、幼く見えた。
眠ってると子どもらしくてかわいいななどと思い、ついまじまじと顔を見つめてしまう。
この目が開いたら、サスケの記憶が戻っていれば・・・。
どこかでそう願う自分がいるが、今戻ったらこの状況をなんと説明すればいいのだろうということに気づいてしまい、それも大変そうで、結局あいまいな気分になってしまった。
ため息をついてベッドを降りようとすると、振動でか、サスケがうっすらと目を開けた。
何を期待しているかわからないままに、カカシは期待する気持ちになる。
しかし。
サスケが戻っていないらしいのに気づき、心のどこかが苦しくなる。
目をこするしぐさ、まだ眠いのか布団の中にさらにもぐりこもうとするしぐさは、幼いほうのサスケのしぐさだろう・・・。
戻っていない。・・・やっぱり。
少しがっかりしたものの、なんとなくそんな感じがしていたので、大きなショックはない。
「・・・う〜ん・・・、・・・眠ーい・・・」
むにゃむにゃと、サスケはいかにも寝起きと分かる声で。
ほわぁとひとつあくびをして、少し黙ったと思ったら、すぐにまた寝息が聞こえてきた。
「もう朝だよ・・・」
カカシは苦笑交じりにサスケを起こした。
サスケが記憶をなくしてから、3日目。
やはり任務は行わず、また1日を訓練にあてる。
お互いに、お互いのことにだいぶ慣れた。
とは言っても、カカシたち3人と、サスケでは少し状況が違ってはいたが。
同じ体のままなのに、中身は今まで一緒にいたサスケではなく、別の幼いサスケなのだということを受け入れざるを得ないカカシたちのほうが、いくらか複雑な気持ちで、困惑は消えないままだった。
表情が違う。いつもの眉間にしわを寄せたきつい表情ではなく、よく動く穏やかで明るい表情をしている。
話しかけても、返ってくるのは違う反応。違う態度。
サスケを見るたびに混乱するが、それでも少しの間のことだからと、3人ともあまり考えないようにする。
対応のしかたはそれぞれで。
ナルトは悪態をつかれないのに少々調子が狂うらしいが、手加減するでもなくじゃれあっている。
サクラは普段うるさがられる分もあるのだろう、あれこれと世話を焼いている。
カカシは表面上はあまり変わりなく。
サスケはカカシの後ろを歩いたり、横に並んだり、前を歩いたりと、人工衛星のようにほとんどいつもカカシの近くにいる。
たまにナルトがそばに来るとおもしろがって後をついていったり、サクラに構われてにこにこしている。
サクラに言われたことは素直に聞いたりして、サクラを喜ばせているようだ。
訓練が始まると、サスケは最初はおとなしく見ているが、そのうちに気がつくと混じっていたりする。
精神的な処理が必要な忍術、幻術はほとんどうまくいかないが、体術、それもより単純なものはこれまでより劣るのは当然にしても、かなりできるようだった。
それでもときどき危なっかしい。
「こら、危ないから見てなさい」
カカシが頭をぽんと抑えると、唇を尖らせる。
「・・・だって、僕だって訓練したいもん」
あぶないから、だ〜め。
いくらそう言って座らせておいても、しばらくするとまた混じっていたりする。
まったく・・・。
きかん気なのはこんな頃からだったのか。
仕方ないので、ちょっとどうかと思ったが、木に括ってしまった。
「ちょっと先生ー!あんなことしていいの!」
サクラが言う。
「怪我されるよりはねぇ」
縄抜けはできないらしくしばらくもがいていたが、疲れたと見えておとなしくなった。
うつむいてじっとしている。
微かに肩を震わせるので近づいてみると、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
「あー!!先生サスケ泣かしてるってばよ!」
さすがにこれは5歳の子どもにはやり過ぎだったかと、反省する。
「・・・悪かった」
「・・・ううん、違うの・・・。僕なんで子どもなのかなって思ってて・・・」
サスケが泣きながら言う。
「うちでも、お父さんたちが稽古してると、近寄らせてもらえないの。・・・まだ子どもだからって・・・」
大人に混ざってやりたいのに。
ほんとに忍者が好きなんだなあと苦笑して、縄を解いてやる。
「一緒にやってもいいよ。そのかわり、オレが休んでろって言ったらちゃんと休める?」
「うん!」
ついさっきまで涙をこぼしていたというのに、サスケはそんなことなかったかのように明るい顔で笑った。
やれやれ。
帰り道、サスケと歩きながら思う。
今も、昔も、サスケは忍への情熱を惜しまない。
しかし、そこにまつわる思いの、何と大きな違いだろう。
純粋な気持ちのまま、何の悲しみも知らず、忍者になることができたとしたら、この子は。
サスケは、もしかしたら幸せになれただろうか。
何の悲しみもない人間などいないことはわかっているが、それでも、この子に起きた出来事は悲しすぎるかもしれない。
幼いときになくしたものは、おそらく世界のほとんどすべて。
残ったものは、仇だけ・・・。
屈託のない幼いサスケを見るにつけ、今の、復讐者としてのサスケのつらさがいっそう感じられるようだ。
早く戻って欲しい気持ちは当然強いが、昨日はなかった「戻らなかったとしても」という気持ちに、カカシは自分のことながら驚きをもって、気づく。
「困っちゃうよねぇ」
ぽつりと呟くと、サスケが何のことだかわからなかった顔で、カカシを見上げた。
そして、カカシの手を握ると、にっこりと笑った。
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