バーミリオン・ペイン 5







>>>4

 

「カカシ先生・・・、もう寝てる・・・?」

まだ眠ってはいない。
サスケを居間の布団に横にならせて、ベッドに入ったばっかりだった。
半身だけ起こし、ドアの外に声をかける。
「起きてるよ、どーぞ」

少しの間を置いてからドアが開いて、サスケが顔を覗かせる。
「・・・なんか、怖くて、どきどきして眠れないから、僕先生と一緒に寝てもいい・・・?」
「さっき布団に入ったばかりじゃない」
もう少し横になってみたら、と言外に響かせながら。
そう言いつつも、2日続けて悪夢を見て目を覚ましていることを考えれば、無理もないなとは思う。

それに、本当はこうして自分を頼ってくれることを心のどこかで待っていたりした。

ふだんは何もしてやれないから。

カカシの言葉に、サスケは
「・・・だって」
と泣きそうな顔をした。
ベッドの枕もとの微かな灯りだけでも、そうとわかる。

また、泣かせる・・・。
泣かせたいなんて思っていないのに。

慌ててベッドから降りて、サスケの背に手をやり部屋の中に招き入れる。
「ごめんね」
怖い夢を見るのが怖くて眠れないんだよね。
わかっている、けど、すぐに受け入れることが出来なくて。
これは、ささやかな、自分に対する抵抗なのかも知れない。

自分を頼ってきてくれるサスケをかわいいと思う。
でも、それではいけないんだ。

サスケは泣くのをこらえて、遠慮がちにベッドに横たわった。
「もっとこっちに来ていいよ」
サスケはもぞもぞとカカシの方に寄ると、布団に顔半分を隠してうれしそうにうふふと笑った。
泣きそうだったことなんか、すっかり忘れてしまったかのようだ。

「温かいね」

そう言って目を閉じると、なにかを言いかけたが、それが言葉にならないうちに眠ってしまった。

 

 

どのくらい眠ったのか、隣のサスケの様子がおかしいことに気づく。

小さく震え、眉根を寄せ、苦しそうに息をしている。
起こすかどうかためらってから、やはり起こそうと、ひじで体を起こす。
「・・・サス・・・」
「し、・・・」
「・・・?」

「―――――死なないで・・・、お母さん・・・っ」

小さい、悲鳴のようなかすれた声。
しかしカカシの耳にははっきりと聞こえた。
思わず息が、止まる。

今ので目を覚ましたのか、サスケは息を殺して静かに泣きはじめた。

カカシはなぜか、サスケに声をかけることが出来なかった。
隣から、体に直接伝わってくるくぐもった嗚咽。

サスケはカカシに助けを求めては来ず。
泣き疲れたのかそのうち眠ってしまった。

カカシはサスケの寝息が再び聞こえてくるまで、少しも身を動かすことなく、ただじっとしていた。
気がつくと、手のひらには汗をかいている。
半身を起こしてサスケのほうに体を向けるが、部屋の中は暗く。
サスケはこちらに背を向けて寝ていたので、顔を見ることは出来なかった。

母親の名前・・・。

母親の夢を見ていたのだろうか。
母親の、死ぬ夢を・・・。
目覚めたときにはすでに夢の記憶はなかったかもしれない。
ただ怖いという感情だけが残っていたのかもしれないけれど。
サスケがこの暗闇の中、ひとりで何を思って泣いていたのかを考えると、カカシの胸は苦しくなった。
そしてそのまま眠れそうもなく、サスケの微かな吐息をききながら、朝までまんじりともせずに横たわっていた。

 

 

朝起きたときにはサスケは悪夢を見たことなど、おくびにも出さなかった。
もしかしたら覚えていないのだろうか。
覚えているにしても、あのあとまた眠ったことで、夢を見た瞬間の恐怖は薄れているのかもしれない。

「今日の訓練は何をやるの?」
と目を輝かせて聞いてくる。

そう言えば、最初の日以来、サスケは家に帰りたいと言ったことがなかった。
帰りたいとは思わないのだろうか。・・・・・・。

そこまで考えて、カカシは考えるのをやめた。
帰りたいかと聞いたところでどうにかなるわけではないし、帰りたいといわれたらどうしようもない。
夢のことだって穿り返したところで、得られるものなどない。
くさいものに蓋をするような感覚で、カカシはサスケの夢のことも家のことも、慎重に頭の隅に追いやることにした。

「サスケは何がしたい?」
「僕ー?僕ね、火を吹くのがやりたーい」
火遁?そういえば最初にやったサバイバル演習でも火を吹いていた・・・。
「あれ、好きなの?」
「うん!ボゴォッてね、かっこいいから!」

あれをね、お父さんがね・・・、とうれしそうな声で父親の話が続く。

それを聞きながら、カカシはこっそり苦笑する。
こちらがなんとかして避けようとしても、サスケから家につながる話をしてしまう。
サスケの世界は、小さな子どもの憧れる忍者の世界は、家とは切っても切れないものなのだ。

それを失って、この子はどんなに衝撃を受けたことだろう。
世界そのものともいえるものがなくなってしまって・・・。

「先生変な顔してる・・・」

僕変なこと言った?
なにか物思いにふけっている様子のカカシを見て、サスケが言う。

「いや、火を吹くのかっこいいよなぁ」
我ながらうわべっぽい響きだと思いながらその場をつくろって、とりあえずサスケの家、うちは一族の滅亡のことは再び頭の隅に追いやり、サスケを促して外に出る。

「サスケにはまだ難しいだろうから、かくれんぼでもしようか〜」

サスケはえ〜と言いながらも、誰が鬼?と、前を歩くカカシに楽しそうについてきた。

 

 

そして、そのまま何事もなく、1週間が過ぎる。

サスケの記憶は戻らず、任務も行わず。

短いようで、長い1週間。
その逆とも言えた。

 

 

明るい素直なサスケ。
カカシやナルトやサクラに懐き、にこにこと楽しそうに話をする。
3人は幼いサスケに慣れ、最初のうち幼いサスケに対して感じた違和感は薄れていく。
サスケが、自分のことを、僕と言うのに慣れた。
サスケが、自分から話しかけてくるのに慣れた。
笑っている姿にも、隠すことなく向けてくる好意にも慣れた。

しかし。

それとは反対に、次第に大きくなる不安。

カカシはもちろん、ナルトやサクラも口に出すことはなかったが、もしかしたらこのまま戻らないのではないだろうかという不安が日に日に大きくなっていく。

なんとかなるだろうと心のどこかで楽観視していたカカシも、この頃になるとさすがに内心慌てていた。

サスケはあれから毎晩自分のところに来て眠る。
そして、毎晩必ずうなされて目を覚ましている。
怖い夢を見たからと起こすことはなく、泣き疲れれば眠っている。
カカシもその間、眠っているふりをしてじっとサスケが眠るのを待つ。
サスケがどんな夢を見ているのかは、サスケも忘れてしまったと言って言わないが、なんとなく検討はついてきていた。

おそらくは・・・。
しかし確信はない。

サスケの見る夢に関しても心配だったが、記憶の方はさらに気が気でない。

すぐに戻ると思っていたのに、戻らない。
ほんの少しの間、その間だけ待っていれば、元のサスケに戻ると思っていたのに。

木から落ちたときに切った頭の傷はほとんど治りかけている。
瘡蓋が髪の間に細く残るだけだ。

それなのに記憶は。
知らず気が急いてくる。

あのサスケはどこに行ってしまったんだろう。
身体は確かに目の前に存在するというのに、どうして今、どこにもいないのだろう。

今、ここにあのサスケを戻す方法なんてあるのだろうか。
待っていれば、本当に元に戻るのだろうか。
もし、戻らないなんてことがあったら、どうしたらいいのか。

いや、もし戻らなくても・・・。

もし戻らなかったとしても、・・・戻らなかったとしても。

サスケはこのままの方が幸せなのではないだろうか。
一族の滅亡を知らずに。
自分以外のすべてを失った孤独もしらずに。

隠しとおすのも限界があると思いながらも、そんなことを思ったりする。

そうしたらオレが育てることになるんだろうか。
それとも火影さまが適当な人間に任せるのだろうか。
そいつはサスケを大事にしてくれるのだろうか。
サスケは・・・。

思考がどんどん脱線していくのに気づき、ため息をつく。

本当に、何でこんなことになってしまったのだろう。

 

 

連日の寝不足がたたり、訓練中カカシはついうとうとする。

それを起こしたのは、ナルトとサクラの慌てた声だった。

「先生!!サスケくんがいなくなっちゃった!!」

 

 

 

>>>NEXT

2000/08/05

 

 

>>>BACK