バーミリオン・ペイン 6







>>>5

 

サスケがいなくなった・・・?

 

「いつ?」

「さっき!ナルトと一緒にいたはずのに・・・」

どうしよう、とサクラが泣きそうな顔をする。

「サスケくん、今のサスケくんじゃ、ひとりだと危ないのに・・・!どこにいっちゃったんだろう、サスケくん・・・。どこに、どうして・・・。・・・っ、なんで、サスケくん元に戻らないの!?先生!」

もう元のサスケくんはどこにもいなくなっちゃったの・・・?
言いながらサクラは泣き出してしまった。

不安な気持ちをずっと抱えていたのだろう。
もう、1週間だ。
その間放っておいたオレの責任だな・・・。

「まあまあサクラ、とにかくすぐに探しにいこう。・・・ナルト、お前サスケといたんだろ?どこに行ったか知らないか」

ナルトはサクラが泣き出したのを見ておろおろしていたが、話を振るとばつが悪そうに目をそらした。

「知らねーけど・・・」
ぐっと手を握り締めてから続ける。

「・・・せんせー、オレサスケにまだ何も思い出さないのかって・・・言っちった・・・」

「ば・・・」
「ばかナルト!!ばかっ!なんでそんなこと言うのッ!!」

カカシが何か言う前に、サクラが泣きながらぽかぽかとナルトを殴る。

カカシもナルトに一瞬腹を立てかけたが、サクラがすでに制裁を加えていることと、なによりもナルトの不安もほったらかしにしておいた自分の方に非があることに思い至る。

ナルトも心底困ったような顔をして、痛いってばよと言いながらサクラに殴られている。

カカシはふぅと一つため息をつくとサクラがナルトを殴るのを止め、ナルトには「口の軽いヤツは早死にするぞ」と注意した。

ナルトは「えぇッ!?」と言って青くなっている。

ちょっといじめすぎたかなと思い、忍びたるもの言動には注意しろってこと、とフォローっぽくないフォローをいれ、珍しくショックを受けているらしいナルトとハンカチで顔をふくサクラの頭をぽんぽんと撫でる。

「とにかく探そう。ナルトとサクラは一緒に。何かあったら知らせてくれ」

そう言って簡単に探すポイントを指示し、とりあえずの集合場所、時間を決める。
走っていく2人の姿を見送ると、カカシも心当たりの場所に向かって走り出す。

 

「まだ何も思い出さないのか」か・・・。

それを言ったナルトは確かに不注意だったが、それをナルトのせいばかりには出来ない。
自分だってそう思いながら、何も出来なかったのだから。
サスケをほったらかしにして、ナルトとサクラもほったらかしにして、3人ともさぞ不安だったことだろう。
その不安が、ナルトがサスケに問いかけるきっかけをあたえ、サスケが消え、サクラを泣かせることになったのだ。

何か為すべきは自分であったのに、希望的観測で誤魔化して、自分もただ不安がっていた。
上司失格だよなぁ・・・。

まったく。

 

 

カカシが向かったのは、里。
今はほとんど足を向ける人のいなくなった、うちは一族の住んでいた跡地。
なんとなくだが、サスケがいなくなったと聞いたときから、そこにいるような、そんな気がしていた。

そこにはかつて人が住んでいたことを知らせるものなど何1つない。
膝のあたりまで草が生い茂り、風が吹くとざあっと音をたてて一斉に揺れる。
傾きかけた陽の琥珀色の柔らかい光が、まっすぐ伸びる葉に小さく反射する。

 

風に揺れる草を膝よりも少し上のあたりで遊ばせ、やはり、サスケはそこに立っていた。

幼いサスケはここを見て、どんなに衝撃を受けたことだろう。

こちらに背を向けて立つサスケの後ろ姿は、ひどく小さく見えた。
陽に溶けて今にも消えてしまいそうだ。

こんな時かけるべき言葉を、自分は知らない。

サスケが何を思っているかも、わからない。

頭の中をぐるぐると色々な言葉が回るが、どれもはっきりとした形になる前に消えていってしまった。

「・・・サスケ」

やっと声を出して名前を呼んでみるけれど、耳に届かなかったかのようにサスケの様子には変化がない。

ざくざくと草をかき分けながらサスケのもとまでゆっくり進む。
すぐそこにいるというのに、遠く感じられる。
実際にはほんの数秒しかかからなかったけれど、何時間もかかったかのようだ。
頭の中は、葉の小さな反射が後から後から飛びこんできて、ほとんど真っ白だった。

「サスケ」

サスケの後ろに立ち、ためらいがちにそっと肩に手をやる。
手のひらの下の肩は何も反応を返してこなくて、それがかえって怖い。
他にも音がしてしているはずなのに、耳の奥がキーンと鳴っているのしか聞こえない。
祈るような気持ちでまた名前を呼ぶ。

「サスケ」

 

また少し強い風が吹き、草がざあっと音を立てて波打つ。

それに背を押されるようにサスケの前に回り、サスケの顔を見て一瞬心臓が止まるかと思った。

顔をわずかに傾けたサスケは、予想に反して泣いてはいなかった。
ただ目を見開いて、どこかを見つめていた。
数メートル先か、数十メートル先か、それとももっと遠くを見ているのか、それはわからなかったがどこか一点を凝視していた。
それとも何も見ていなかったのかもしれない。

サスケは、傍から見てはっきりわかるほど、顔は蒼白で唇には血の気がなかった。
薄く開けられた唇からもれる震えた呼吸だけが、サスケが生きている証拠のように思えた。

「・・・サスケ」

名前を呼んでも、サスケの瞳はカカシを映さない。

両肩に置いた手に力をこめても、手には何の反応も伝わってこない。

身体の中心が冷えていくのと同時に感じる、息をするのも忘れてしまうような無力感。

 

なにか耐えきれない気持ちになって、カカシはサスケの身体を揺さぶった。

「サスケ・・・ッ」

彫像のようだったサスケの膝がカクンと折れ、そのまま倒れそうになる。

とっさに両腕をつかんで支えたが、足に全く力が入っていないらしく、予想以上に重みがかかる。
片膝をついてしゃがむと腰のあたりまで草に埋もれた。

下からサスケの顔をのぞきこむと、相変わらず何も見ていないうつろな目をしていたサスケの唇が、わずかに動いた。

「・・・な、・・・」

「・・・サスケ?」

祈るような気持ちで続きを待つ。
サスケの瞳がわずかに揺れると、かすれた声が聞こえてきた。

「・・・みんな、どこへ行ったの・・・?」

「え・・・?」

「僕を置いて・・・、どこへ・・・?なんで、僕を連れていってくれなかったの・・・?」

淡々とした言葉の中にさまざまな響きがこめられていて、カカシの心臓は鷲掴みをされたかのように苦しくなる。

寂しさ、哀しみ、怒り、虞、諦め、ひときわ強く絶望感。
目の前の状態を否認したり、逃避したりすることなく、受け入れたうえでの深い絶望。

 

こんなとき何を言ったらいいのかなんて、全然わからない。

息苦しさを感じながらサスケを見つめると、サスケの顔がゆがめられた。
目の縁が盛りあがり、ぽたりと落ちる。

「サスケ」

一度涙がこぼれると、次から次へと涙の粒が落ちてきた。

サスケはつかまれた腕を解こうともせず、ただ涙がこぼれるままにしている。
声もなく、ただじっとして。

「・・・サスケ」

「・・・僕はまだ子どもだから・・・?・・・僕がいらなかったから置いて行かれたの?僕もお父さんやお母さんと一緒に行きたかったのに・・・、僕のことどうして置いていったの・・・?」

「そんな・・・」

「ずっとどきどきしてたんだ・・・、じっとしてるといやぁな感じがして、ずっと怖かったんだ・・・。お父さんやお母さんのこと考えると、なんかいけないような気がして、でも大丈夫と思ってたんだけど、やっぱりそうだったんだ・・・、毎日怖い夢見たし・・・、なんか、なんか怖くて・・・!ずっと、なにか変な感じがしてたんだ・・・!」

サスケは支えるカカシの手を抜け、しゃがみこんで膝に顔をうずめた。

「なんで、僕ひとりだけ・・・っ、僕も一緒に連れていって欲しかった・・・!」

 

「サスケ・・・」

サスケの頭に手を置いて、そっと何度も撫でる。
でもそれでは気持ちが十分伝わらないような気がして、しゃがみこむサスケのそばにしゃがみ、サスケをそうっと腕の中に包み込んだ。
サスケは何の抵抗もなく、カカシの肩口に目を押し付ける。

サスケはそのまま声もなく、しばらく身体を震わせて泣いていた。
カカシの胸に、サスケの湿った息が熱い。

その熱さで、カカシの胸も熱くなる。

サスケを抱く腕に力をこめると、堰を切ったように、声をあげて泣き始めた。

「うえぇん・・・」

サスケの泣き声は全然言葉にはなっていないけれど、カカシの耳には「さみしい、かなしい、つらくてどうしたらいいかわからない、ひとりにしないで」と聞こえたような気がした。

 

そうだ、ずっとひとりでつらい思いをしてたんだよな。

たったひとり生き残ったその日から。

それを全部自分の小さな腹に収めて、何も言わずに、ひとりで。

 

カカシは泣き続けるサスケの体を、自分の体で全部覆い尽くすように強く抱きしめた。
傍から見たら、縋っているのはカカシのように見えたかもしれない。
これを離したら命がなくなってしまうと、命綱につかまるように強く。

それくらい、全身全霊をかけて。

 

「オレがいるから」

声を出してみると、自分の声も泣きそうに聞こえることに気づいた。

 

「サスケ、オレが、ずっと、絶対、ひとりにはしないから」

これも何かの運命。

 

「オレは、お前がいてくれて、本当によかったよ・・・!」

 

行ってしまわなくて、と言いながらカカシの目からも涙が出た。
カカシの涙は下に落ちることはなく、マスクに吸いこまれていった。

「サスケ・・・!」

自分の膝を握り締めていたサスケの手は、いつのまにかカカシの服を強く掴んでいた。
子どもの力で、それでもきつく抱きついてくる。

カカシの涙がサスケの髪に落ちた。

 

「サスケ・・・」

「・・・うん」

サスケの泣き声が少し低くなって、身をよじってカカシとの間に隙間を作る。

そしてカカシの涙の流れる片目を見つめて、「絶対?」としゃくりあげながら聞いた。

「絶対!」

「ほんとに絶対?」

「ほんとーに、絶対!」

「ほんとのほんとに?」

「ほんとのほんとーに、命をかけて、絶っ対!」

「・・・うそついたら・・・?」

「うそ!?・・・うそなんかつかないけど、・・・じゃあね、その時は責任とって結婚する!」

そのカカシの言葉を聞くなり、えぇ〜、先生男だもん〜、とサスケが笑った。

涙のあとが痛々しいが、笑ってくれたのがうれしくて、またカカシの胸が熱くなる。

 

「ほんとに、絶対、ずっと、そばにいる」

小さく呟くと、

「うん」

とサスケが首にしがみついてきた。

カカシもサスケの体を強く抱き返すと、サスケの肩に顔をうずめた。

 

そして、耳元で鳴る草の音を聞きながら、2人はしばらく抱き合っていた。
陽はすでに傾いて、橙色の光があたりを包んでいた。

 

 

 

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2000/08/09

 

 

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