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「だからあんたは油断ならねぇんだよ」
ふてくされたような響きの声。
懐かしいその声音にカカシは胸がジンとなるのを感じた。
たった1週間だったというのに、前にこの声を聞いたのは遠い昔のことのような気がする。
最後にこの声を聞いた時はいったいなんと言っていたのだろう、もう思い出せないが、改めてこの響きを耳にしたら、どうしようもなくこの声を探していたことに気づいた。
その一方で、何をいったい「油断ならない」と言っているのか、頭の中でめまぐるしく考える。
やっぱりなにか失敗したのだろうか。
悪いことをしたとは思っていない。
しかし、どこか後ろめたさを感じているせいか、これまでの行動をあれこれと思い返す。
考えはじめると心当たりがありすぎて、どれのことだかわからない。
そして、またひとつ厄介なことに思い当たる。
いや、これまでの記憶がない間の行動のことを言っているのではなくて、もしかすると、この状況自体を何か勘違いしているのかもしれない。
記憶が戻って、逆にこれまでの1週間のことを忘れているとしたら、その可能性も多いに考えられる。
やましいことは何もない、でもなんと説明すればいいのか。
カカシはうれしいのと同時に窮地に立たされるという、複雑な思いを味わっていた。
昨日、うちはの跡地でいなくなったサスケを見つけて、抱き合って泣いた。
どのくらいそうしていたのか、気づいたときには日が沈みかかっていた。
サスケの涙を拭いてやり、ナルトとサクラが待っているはずの場所に、サスケの手を引いて歩き始めた。
サスケは何度か振りかえると、その度に体を強張らせ、カカシを見上げて手を強く握ってきた。
できれば振り返らせたくなかったが、それでもできるだけサスケの気持ちを尊重したいという気持ちがあった。
強引に目隠しをするのではなく、サスケが直面するつらい気持ちを一緒に分かち合いたい・・・。
だからその度にカカシも立ち止まり、サスケを見つめて手を握り返した。
そしてその度に、「一緒にいるよ」と思いを込めて話しかけた。
サスケに対するどんな行動にも、精一杯の気持ちをこめることで、力の足りなさを補えれば。
他にサスケの気持ちを癒す方法があれば迷わずそうしたけれど、カカシにはそうする以外の方法が思いつかなかった。
いろいろと考える原因となっていたサスケの記憶のことは、ひとまず置いておくことにした。
今度は逃げではなく、覚悟を決めたのだ、と自分の気持ちを確かめる。
たとえ記憶をなくしていたとしてもサスケはサスケだし、記憶が戻ったとしてもサスケはサスケだ。
二人手をつないで歩いている途中、サスケが頭が痛いと立ち止まった。
たくさん泣いたし、何よりも強い衝撃を受けたのだ。
しゃがんで背中を向けると、サスケは倒れこむように負ぶさってきて、たちあがって再び歩き始めたときにはもう眠ってしまっていた。
そうやって時間をかけて歩いて行ったらすっかり遅くなって、ナルトとサクラは待ち合わせた場所に疲れきったように座っていた。
カカシを見つけると、声をそろえて「「おっそーーーい!!」」と怒鳴ったが、カカシに背負われているサスケを見るとパタパタと駈け寄ってきた。
2人はサスケの顔をのぞきこんでほっとした顔をしたかと思ったら、すぐに表情を曇らせた。
「サスケくん・・・、泣いてたの?」
「オ、オレのせい?」
ナルトの声に、サクラはキッときついまなざしを向けた。
「ばかね、決まってるでしょ!」
「そんな〜・・・」
だいたいね〜、とがみがみ言い始めるサクラを、カカシはまあまあとなだめる。
きっと、ここで待たせている間、何度もこのやりとりを繰り返したことだろう。
「まあ、サスケは大丈夫だから、気にしなくていい」
そう言っても気にしないなんて出来ないだろうけど、これ以上ナルトとサクラを心配させたくはなかった。
2人とも憔悴しきった顔をしていて。
この2人にこんな顔をさせたのは自分だ。
もっとやりようがあったはずなのに、自分がそれを怠ったためにたくさん不安がらせてしまった。
「すまなかったな」
いざとなったら頼りない上忍で。
とりあえず、優しい2人の頭を謝罪と感謝の意をこめてくしゃくしゃとかきまわすと、2人ともくすぐったそうな表情で顔を見合わせた。
「別に〜」
「ねぇ〜」
その反応に救われる思いがするのを感じ、また頭を撫でまわす。
「今日はよく寝ろよ〜」
そう言うと、
「「はーい!」」
と元気が少し戻ったような声で、返事が返ってきた。
サクラが付け加えて、
「サスケくんのこと、ちゃんとしてよね!」
と念を押して、ナルトと疲れたーと言い合いながら帰っていった。
「ははは」
力なく笑ってから、ふうと息をつく。
まいったね。
家に着いてもよく眠っているサスケをそっとベッドに寝かせ、カカシはとりあえず台所に立った。
簡単には放り出せない大変なことを決意してしまったのに、やはりわりと気持ちが落ち着いているのを少しの驚きをもって眺める。
そして、自分の気持ちを再確認する。
サスケは、オレがずっと面倒を見よう。
どうなるのかわからないけれど、とにかくずっと一緒にいると約束したのだ。
自分の中で覚悟が決まっているのを確認すると、なぜかほっとした。
為すべきことを為さなかったという罪悪感が薄れたからだろうか。
それだけじゃない。自分はなにか決定的なものを手に入れたのだ。
それが運命といえる類のものなのかわからないけれど、とにかく見つけたのだ。何かを。
それはいったい何なのだろうと考えながら夕食を作っていると、サスケが起きてきた。
「先生・・・」
「どうした?」
手を止めて振りかえると、サスケが両手で頭を支えながら立っていた。
「頭、痛い・・・」
その声はいかにも苦しそうだ。
「飯、食えそう?食ったらよく効く薬をあげるから、そうしたらまた寝ようね」
サスケはコクンと頷くと、カカシが料理の続きをはじめるのをじっと見て、「先生」と呼んだ。
そしてカカシが返事をするのを聞くと、カカシのそばまでやってきて腰にしがみついてきた。
「サスケ、危ないよ」
言ってもサスケはカカシの背中で頭をいやいやと振って離れようとしない。
オレがどこか、離れてしまうと思っているんだろうか。
無理もない、すべてが消えてなくなってしまったという経験をさっきしてしまったのだから。
寝ているところについていてあげるべきだったのかな、と思いながら、腰にまわされたサスケの腕に左手を重ねる。
そして右手だけで手早く料理を仕上げると、カカシの体から離れないサスケを何とか隣に座らせ、一緒に少し早めの夕食をとった。
鎮痛剤を飲ませサスケを寝かせようとして、結局自分も一緒に寝ることになった。
どこにも行かないから、と言ってもなかなか聞き入れてくれない。
サスケに掛けた布団をぽんぽんと叩きながら他愛もない話を二つ三つしていると、サスケはカカシのもう片方の手を握り締めたまま寝息をたてはじめた。
そしてカカシもいつのまにか眠ってしまっていた。
はっと目を覚ますと、サスケがまたうなされているのに気づく。
体を起こしてサスケを見下ろすと、苦しそうに眉をしかめて浅い呼吸を繰り返している姿が痛々しかった。
現実では一緒にいてあげることができるのに、夢の中まではどうしようもない。
今回こそは起こそうと思ってサスケの肩に手をやろうとすると、肩に触れるか触れないかのところでサスケのまぶたがぽかりと開いた。
急に目が開いたので少し驚く。
それに気づかないかのようにサスケはふうと一つ息を吐くと、体を起こして、目を瞑って掛け布団の下の膝に顔をうずめた。
しばらくそのままじっとしていたが、カカシがどうしたのかと声をかけようとしたその時に、ぴくと肩を動かすと勢いよくカカシに向き直った。
「あ・・・っ」
目を見開いてカカシを見る。
「サスケ?」
カカシがサスケのほうに手を伸ばすと、サスケは息を止めてあとずさった。
しかし、カカシのもう片方の手をしっかり自分で握っていることに気づくと、それこそ熱いものを触ったかのように手を振り払った。
「・・・どうかした?」
どうかした?ではない、とカカシは自らつっこみをいれ、この反応はもしかして、いや違う、何か気に障ることでもしたのだろうか、などと表情には出さないがめまぐるしく頭を回転させる。
サスケはその間中、信じられないというような顔でカカシを見つめ、あっと合点がいったように小さく声をあげると、今度ははあ〜と大きく息を吐き出して頭を抱えた。
そして何か怒ったような口調で言ったのは。
「・・・だからあんたは油断ならねぇんだよ」
カカシはそれを聞いて、呆気にとられた、というよりは呆けた顔で、ぽかんと口を開けてサスケを見た。
紅い色に塗りたくられた見たくもない夢を見て、意識が急激に浮上するのを感じた。
よく見た、よく見る、夢を見て。
自分の周囲には火が燃え盛り、息も出来ない。
あまりの熱気で肌がじりじりと焼かれていくのがわかる。
ひりひりする朱色の視界に入る人間はほとんどが死んで、焼け焦げるような異臭を放っている。
それから、ただひとり、立っている男の姿。
聞こえる音は、雨が地を叩く音と、火が燃える音だけという、恐ろしい夢の中の光景。
もうどうすることもできない経験を、こうして何度も繰り返し体験する。
そしてこのあと、自分は母に助けを求めるのだ。
すでに死んでいるとも気づかずに。
ここで、何かに引っ張られるように、その場面から意識が離れていく。
一瞬通りすぎた空白の中で、ひさびさにこの感覚を味わうのだということを思い出す。
・・・ああ、目が覚めるんだ。
目が覚めて、あの忌まわしい夢から脱出できたことに安堵して、深く息をつく。
そして、まだあの時の光景から離れられない自分に嫌悪感を感じて、布団に顔を伏せる。
それから、ふと感じる違和感。
布団の感触、におい、部屋の明るさがいつもと違う。
感じる違和感に神経が一瞬で研ぎ澄まされると、身体に何かが近づいてくる気配があった。
ぱっとそれをかわしてそれが近づいてきたほうを見ると、暗い部屋の中で誰かがこちらに手を伸ばしていた。
殺気は感じない。ただこちらを気にかけている感じだけが伝わってくる。
小さな灯かりで見るその顔はあまり見なれない顔で、くすんだ銀色の髪と左目のキズを判別したところでやっとその人物の正体に思い当たる。
「あ・・・っ」
・・・カカシ!?
そのカカシは、心配そうな顔つきでこちらを見ている。
なぜやつがここに。
――― ここは自分の部屋ではない。
だいたいここはどこなんだ。
――― ベッドの上、寝室?
・・・誰の。
――― カカシの!?
どうして自分はこんなところに!?
「サスケ?」
混乱した頭が、カカシの声で我に返る。
気づくと心配そうな顔をして、カカシが手を差し伸べてくるところだった。
な、何だ!?
とにかく状況が把握できず、手が触れるか触れないかのところでびっくりしてあとずさる。
片手がついてこないのでちらっと見ると、その手はしっかりとカカシのもう片方の手を握っていた。
――― なぜ自分が知らない、おそらくカカシの、寝室のしかもベッドの上で、カカシの手を握っているのだろうか。
――― 今、夢から覚めるまで、ずっとこの手を握ったまま眠っていたのだろうか。
――― カカシはいったいなんと思ってそんなことをさせたのだろうか。
疑問だらけでなかなか考えがまとまらないのに加え、あまりに驚いたために一瞬手を握っているのを忘れかけたが、はっとそれに気づくと手のひらがかあっと熱くなった。
手に痛いくらい神経が集中して、汗が噴き出してくるのがわかる。
とてつもなく恥ずかしい気持ちが起こって、やや乱暴に手を振り払った。
「どうかした?」
こちらがこんなに動揺しているというのに、カカシは普通の調子だ。
まったくいったいなんだっていうんだよ!
心の中で悪態をつくと、一瞬、頭の中に何かがよぎった。
逃がしてしまわないようにすばやくそれを捕らえ、壊れてしまわないように慎重に見つめる。
そうして。
それが逃げも壊れもせずに、ゆっくりとほどける。
「あっ!」
そうだ・・・。
そして、ぽかんと間抜け面をさらした上忍を横目で見やる。
まったく、この男は・・・。
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